2009年度 年次全国大会の大会記

統一論題 「インタンジブルズと管理会計」

■■■日本管理会計学会(会長:辻正雄氏,早稲田大学)2009年度全国大会(大会準備委員会長:安國一氏)が,2009年8月28日(金)-30日(日)の日程で,亜細亜大学を会場として開催された。大会の構成は自由論題報告,特別講演,基調講演,統一論題報告,および統一論題シンポジウムであった。また,大会参加者数は210人,報告数は24組であった。
1日目は学会賞審査委員会,常務理事会および理事会がそれぞれ開催された。学会賞審査委員会の厳正な審議の結果,2009年度の学会賞は下記の受賞者の方々に贈られることとなった。

■■ 特別賞
西村明氏(別府大学)

■■ 功績賞
中根滋氏,倉重秀樹氏

■■ 論文賞
山本達司氏(名古屋大学)
受賞業績:「株式所有構造と利益マネジメント」,管理会計学,第17巻,第2号,2009年

■■ 文献賞
■ 荒井耕氏(一橋大学)
受賞業績:『病院原価会計:医療制度適応への経営改革』,中央経済社,2009年
■ 松尾貴巳氏(神戸大学)
受賞業績:『自治体の業績管理システム』,中央経済社,2009年

■■ 奨励賞
■ 潘健民氏(早稲田大学)
受賞業績:「日本企業の実質活動による報告利益管理」,管理会計学,第17巻,第1号,2009年
■ 丹生谷晋氏(筑波大学)
受賞業績:「分権型組織における業績評価システムに関する実証研究」,管理会計学,第17巻,第1号,2009年

■■■ 自由論題報告
2009zenkoku_1.jpg 2日目と3日目の午前中には,自由論題報告が行われた。自由論題では,総勢29名からからなる24組の報告が行われた。報告者とフロアの間で活発な討論が行われ,報告者に対して建設的な研究コメントが提案された。それらの報告内容は,管理会計分野における重要なテーマである原価計算や原価企画から,財務会計や知的財産などの分野を管理会計に融合したものまで,多岐にわたる内容となっていた。研究手法もケース・スタディ,実証や分析モデルなど,多様な手法が用いられていた。また,24組の自由論題のうち,日本とニュージーランドの研究者と院生で構成される研究チームから2組の発表が行われ,それらは,日本管理会計学会が掲げた研究の国際化を象徴するものであった。

2009zenkoku_2.jpg■■■ 特別講演
2日目の午後には,平田正之氏(株式会社情報通信総合研究所 代表取締社長)を迎え,「ICT産業の発展と今後の展望‐情報通信サービスの社会的役割の拡大‐」というテーマで,特別講演が行われた。
特別講演において平田氏は,NTTグループの収入構造に焦点を絞り,豊富な資料とデータを示され,ICT産業(Information and Communication Technology,情報通信技術)の構造的な変革を説明された。
平田氏によると,日本においてICT産業の規模はすでに自動車産業を超えており,ICT産業は市場規模にして約95兆円で,日本の全産業の1割を占めており,GDP成長に対する寄与率が高いことから経済動向に与える影響が大きい産業であるということ2009zenkoku_3.jpgである。また,20年来,ICT産業は劇的な進化を遂げており,ICT産業が提供しているモバイル化,IP化,ブロードバンド化に進展し,通信形態において,固定通信から携帯通信へ,音声通信からデータ通信へとシフトしていったということである。
講演において平田氏は,データを用い,ICT産業の規模の推移,構成,およびNTTグループの売上規模を紹介された。そして,情報通信サービスの契約数の推移,NTTグループの収入構造の変化,固定ブロードバンドサービスおよび携帯電話サービスの動向,携帯電話の通信方式の進展を通して,ICT消費の動向を説明された。なかでも,日本の携帯電話環境はしばしば世界から孤立した「ガラパゴス状態」といわれていることを指摘された。
そして,固定サービス,携帯サービス,融合サービス,MVNO(Mobile Virtual 2009zenkoku_5.jpgNetwork Operator,仮想移動通信事業者),および地域ローカルなどの分野の新しい動向をまとめられ,ICT産業に対する提言を行われた。現状では,日本のICT産業は,インフラと技術は世界において一流と認められつつも,その活用は世界の中でも遅れていると指摘されており,特に,民間企業と比べ,行政・医療・教育機関など公的セクションでの活用が進んでいないといわれているということである。
このような現状に鑑み,平田氏は,(1)CIO(最高情報責任者,Chief Information Officer)の役割の普及・強化およびあらゆる機関・組織に配置・普及,(2)CIOからCICO(最高情報通信責任者,Chief Information and Communication Officer)への進展は不可欠であるということを強調された。

■■■ 基調講演および統一論題報告

特別講演に続き,2日目の午後には,浅田孝幸氏(大阪大学)を座長として,「インタンジブルズと管理会計」というテーマのもとで基調講演と統一論題報告が行われた。

■■ 基調講演
基調講演では,「インタンジブルズと管理会計‐レピュテーション・マネジメントを中心にして‐」というテーマで,櫻井通晴氏(城西国際大学)による基調講演が行われた。 櫻井氏はまず,「インタンジブルズがなぜ管理会計の研究対象として必要なのか」について説明された。具体的に,管理会計の研究対象としてのインタンジブルズの必要性の理由として,(1)企業価値を創造する商品が高い企業価値を創造する無形物の複合体となったこと,(2)インタンジブルズの創造が経営戦略によって決定されること,および?戦略マップなどのツールが用意されてきたことをあげられた。
次に,「管理会計の立場からのインタンジブルズ研究の方向性」について,(1)知的なインタンジブルズと(2)レピュテーションに関連するインタンジブルズの2つの範疇に区分する考察を示された。(1)としては,イノベーションと研究開発,知的資産,ソフトウェア,人的資産・情報資産・組織資産が示され,?としては,ブランド,コーポレート・レピュテーションが示された。また,超過収益力の会計学における扱いが,1980年代までの「のれん」から1990年代の「知的財産」を経て,21世紀には「インタンジブルズ」と変化してきたことが示された。
櫻井氏はまた,コーポレート・レピュテーションの定義として,「経営者および従業員による過去の行為の結果,および現在と将来の予測情報をもとに,企業をとりまくさまざまなステークホルダーから導かれる競争優位」を提示され,その特徴として,(1)ステークホルダーによる評価,(2)経営者と従業員の行為,(3)過去,現在の行為と将来の予測情報,および(4)企業価値を創造するインタンジブルズを提示された。そして,競争優位をもたらすためには,コーポレート・レピュテーションを企業価値を高めるインタンジブルズとして認識し測定することが必要であることを主張された。
さらに,櫻井氏は,「レピュテーション・マネジメントの領域と方法」として,BSC+戦略マップ,内部統制,リスクマネジメント(全社的リスクマネジメント:ERP),CSR,レピュテーション評価と順位づけ,およびレピュテーション監査をあげられた。最後に,インタンジブルズ研究のキッカケや今後の研究について述べられ,報告を終了された。

■■統一論題報告
2009zenkoku_5.jpg統一論題報告では,浅田孝幸(大阪大学)を座長として,「インタンジブルズと管理会計」というテーマのもとで,馬渡一浩氏(株式会社電通総研),岩田弘尚氏(専修大学),および伊藤嘉博氏(早稲田大学)による報告が行なわれた。
第1報告は,馬渡一浩氏(株式会社電通総研)による「ブランド・マネジメント‐レピュテーション・マネジメントとの関係において‐」であった。馬渡氏はまず,ブランドの定義として,(1)商品・サービスの識別化・差別化を意図したシンボルの体系であり,(2)顧客を中心に人々の間で共有される記憶のセットで,人々の認識を肯定し,関連性や行動をドライブする機能を持つものであり,(3)ブランドが記憶のセットとなるためには,様々なコミュニケーションが必要であるということを提示された。そして,そのようなブランドが経営において持つ意味として,(1)有力な関係性資産(インタンジブルズ),(2)企業の中長期のポテ2009zenkoku_6.jpgンシャルであり,継続的な成長への潜在力,(3)継続的な企業価値の向上がブランド・マネジメントの目標という3点を示された。馬渡氏によると,シンボル的な体系を用いるコミュニケーション活動でつくり出される記憶のセットを資産として捉え価値評価したものがブランドエクイティ概念であり,マネジメントにおいてはそれが大変重要であるという。馬渡氏はさらに,ブランド・マネジメントの実際について,実例(企業の実際のウェブ)を用いた説明をされ,レピュテーション・マネジメントの重要性を主張された。馬渡氏によると,戦略レベルでコミュニケーションに係わる役割はこれまでほぼブランドのみが担ってきたが,コミュニケーション環境の変化に伴い,「社会的な共通認識」であり「記憶セットが形成されていくときの経過的な集合知」としてのレピュテーション概念を新たに取り入れ,ブランドとあわせて,より包括的で戦略的な管理を進める必要があるという。2009zenkoku_7.jpg
最後に,馬渡氏はレピュテーション・スコアカード化が目指すべきひとつのゴールであるということを主張され,その例を示された。
第2報告は,岩田弘尚氏(専修大学)による「コーポレート・レピュテーションの測定とマネジメント」であった。岩田氏はまず,コーポレート・レピュテーションに関心が高まりつつあ る理由として,多発する企業不祥事を背景とするリスクマネジメントの重視,コーポレート・ ガバナンスの変化,および純資産と株式時価総額の乖離の説明要因の3点からの説明をされた。次に,コーポレート・レピュテーションの意義について,様々な先行研究を示されたうえで,その定義として,上記の櫻井氏の定義「経営者および従業員による過去の行為の結果,および現在と将来の予測情報をもとに,企業をとりまく
さまざまなステークホルダーから導かれる競争優位」を示された。岩田氏はさらに,コーポレート・レピュテーションの測定手法として,「レピュテーション指数(reputation quotient; RQ)」調査を紹介された。RQ調査は,(1)指名フェーズと(2)評価フェーズから構成されること,RQには6つの領域と20の属性があることが説明され,Fortuneにおける2007年調査の結果が紹介された。その上で,わが国におけるRQの実証分析の結果について説明された。また,岩田氏は,バランスト・スコアカードのレピュテーション・マネジメントに対する役立ちについても言及された。最後にまとめとして,レピュテーション・マネジメントの2面性(1.コーポレート・レピュテーションの測定と2.レピュテーション・ドライバーの管理),本格的な実証分析の必要性,BSCによるレピュテーション・ドライバーの管理,およびインタンジブルズ(管理会計情報)の開示可能性の検討が示され,報告を終了された。
第3報告は,伊藤嘉博氏(早稲田大学)による「CSR活動の経済的価値-マテリアルフローコスト会計革新の可能性-」であった。伊藤氏はまず,問題意識として,CSRが将来の企業価値と社会的価値を生む元になる広い意味での「資本」である一方で,個々のCSR活動と経済的成果(価値)との因果関係を明確に掴むことができないため,それはいわゆる「見えざる資本」であるところのインタンジブルの範疇に属すること,そのようなインタンジブルである以上,CSR活動の経済性評価が避けて通れない課題であることを提示された。伊藤氏は,CSRの主要なファクターのひとつである環境保全の活動の経済的評価のための手法として管理会計手法(マテリアルフロー会計:MFCA)を紹介された。伊藤氏によるとMFCAとは,原材料やエネルギーなどが製造工程のどの段階でどれだけ消費され,また廃棄されているかを物量データと原価データの双方から追跡し,両社の有機的な統合を図ろうとする原価計算手続きであり,廃棄部材のコスト(損失)を分離して把握するものであるという。  伊藤氏は,MFCA導入により期待される経済的効果として,直接的効果,間接的効果,およびマイナス効果を提示された上で,MFCAの課題として,環境管理会計的特徴の強化を図る必要性を主張された。MFCA情報にCO2換算のデータをリンクさせることができれば,企業が推進する環境保全対策の経済的価値と,当該対策がもたらすであろう社会的価値を統合的に斟酌することが可能になるという。そして,実際のケースとして,日本ユニシスにおけるCFP(カーボンフットプリント)情報を統合したMFCA分析の資料とともに,同社のケースを紹介された。
最後に,システムコストの取り扱い方法,物量センターが分割困難なマテリアルコストやエネルギーコストの算定の精密化といった「データ収集・分析にかかわる課題」,ならびに具体的な改善施策の識別にいかにつなげるかという「さらなるシステム拡張への模索」を示され,報告を終了された。

■■■ 統一論題シンポジウム
2009zenkoku_8.jpg3日目の午後は,櫻井通晴氏(城西国際大学)をコメンテータとして迎え,統一論題シンポジウムが行われた。櫻井氏は,2日目の報告者の役割について,平田正之氏(通信産業における無形の資産の増加・無形資産から企業価値),櫻井通晴氏(インタンジブルズとレピュテーションの研究を鳥瞰・統一論題における3先生の報告の意味づけ),馬渡一浩氏(ブランド・マネジメントの立場からするコーポレート・レピュテーション),岩田弘尚氏(コーポレート・レピュテーションの深堀り・今後の実証研究の筋),伊藤嘉博氏(CSRとマテリアルフローコスト会計・原価計算が関与して,多くの研究者はホッとする)の順で整理された。
さらに,詳細な資料とともに,各先生に対して,「ブランドの発展プロセス」,「ブランドやコーポレート・レピュテーションは知的資産か」,「知的資産とレピュテーションの区分」,「認知,イメージ,CR,BE,業績」,および「CSRと財務業績」に関するコメントを求められ,フロア参加者も交えての活発な討議が行なわれた。

■ なお,次回の日本管理会計学会全国大会は,早稲田大学にて開催される予定である。

※本学会レポートは,「日本管理会計学会2009年度全国大会」の研究報告要旨集,各報告の当日配布レジュメ,および当日の各報告を元に作成しております。

潘健民氏 ( 早稲田大学 )