2010年度 年次全国大会の大会記

統一論題 「コントロール機能としての管理会計」

■■日本管理会計学会2010年度年次全国大会は、早稲田大学を会場として、2010年9月3日(金)から5日(日)までの日程で開催された(大会準備委員長:佐藤絋光氏)。大会の構成は、自由論題報告、記念講演会、統一論題報告、および統一論題シンポジウムであった。大会参加者は総勢308人であった。
1日目は学会賞審査委員会、選挙管理委員会、常務理事会、理事会が開催された。学会賞審査委員会の厳正な審議の結果、2010年度の特別賞は門田安弘氏(目白大学)、功績賞は石崎忠司氏(中央大学)、文献賞は大下丈平氏(九州大学)、論文賞は安酸建二氏(近畿大学)に贈られることとなった。2日目の午後から3日目の午前中にかけては役員選挙の投票が行われ、浅田孝幸氏(大阪大学)が次期会長に選出された。また、2日目の18時からは会員懇親会が大隈ガーデンハウスで開催され、非常に多くの参加者があり盛会であった。

■■自由論題報告
2日目と3日目の午前中には、自由論題報告が行われた。自由論題報告では、総勢55名による44件の報告が行われた。このうち、2日目午前中に6会場で23件、3日目午前中に6会場で21件の報告が行われ、報告者とフロアの間で活発な議論が展開された。なお、記念講演、統一論題報告および討論、自由論題報告の各報告は、日本公認会計士協会の継続的専門研修制度におけるCPE認定研修(CPE認定コード:511199)として承認された。

■■記念講演会
2日目の午後には、伊藤嘉博氏(早稲田大学)を司会として、貫井清一郎氏(アクセンチュア株式会社)により、「企業経営におけるコントロールと管理会計の役割」というテーマで記念講演が行われた。
講演において、貫井氏はまず管理会計のユーザーを意識することが重要であり、管理会計のユーザーは’経営管理者’であると唱えられた。その上で、貫井氏は経営管理者のコントロールという観点から、ストラテジーエクセレンスの要因である「グローバル化」と「サステナビリティ/社会インフラ」への経営者の意志が近年多々見られることを、ユニクロをはじめとした様々な企業の例を取り上げながら、解説を行われた。加えて、ストラテジーエクセレンスにおいて一番重要な力がコラボレーション力であり、コラボレーションを促進するための「共通言語」、「将来情報」、「コミットメント」といった要件に対して、ルール・ロジック・プロセスの標準化などが管理会計に求められていると指摘された。
貫井氏はまた、アクセンチュアの近年のレポートによって、CEOは自社の財務・経理組織にこれまで以上に多くの付加価値をもたらすことを求める一方で、CFOは価値創造を推進させる戦略的業務へより多くの時間を費やすことを望んでいることを指摘された。さらに、CFOはグローバリゼーションがもたらす最大の恩恵は、様々なソーシングの選択肢を活用して地球的規模でさらなる価値創造に役立てられることだと考えていること、競争圧力と経済情勢の影響によって低コストの業務モデル採用が財務・経理組織に急務となっていることを指摘された。加えて、財務・経理において社員がアイデアを共有できる機会が実際には与えられていないなどの、日本企業における財務・経理の人材確保と育成に向けた取り組みの実態を、アクセンチュアのレポートをもとに示された。
以上を踏まえて、貫井氏は、今後の企業の成否を握るのは「(広義の)システム」と「人材」であり、これらに対して、即戦力を生み出す大学教育や、アカデミズムによる『標準』の定義・改訂、継続的な進化のための産学協同が果たす役割は大きいとまとめられて、報告を終了された。

■■統一論題報告
記念講演会に引き続いて、原田昇氏(東京理科大学)を座長として、「コントロール機能としての管理会計」というテーマのもとで、鈴木孝則氏(早稲田大学)、椎葉淳氏(大阪大学)、関口善昭氏(SAPジャパン株式会社)、大下丈平氏(九州大学)の4名による統一論題報告が行われた。

■■統一論題報告(1) : 鈴木孝則氏「内部統制報告制度における情報システムの意義」
鈴木氏は、まず金融商品取引法による内部統制報告制度の導入に対応して、多くの企業で内部統制の整備・運用の一環として、あるいは、これを契機としてITの投資が活発に行われていることを指摘された。また、企業会計審議会の「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の設定について」において、「内部統制の基本的要素」として、COSO(トレッドウェイ委員会組織委員会)の「内部統制の構成要素」5要素に加えて、「IT(情報技術)への対応」が謳われていることも指摘された。このような背景を踏まえた上で、鈴木氏はプリンシパル・エイジェントモデルを用いて、「株主が経営者に営業努力と統制努力の自発的発現を促し、かつ、コンプライアンスのための強制監査に対応する」という均衡が存在するための条件を見出し、その条件下において営業情報システムや統制情報システムが担う役割を調べることを行うと述べられた。
鈴木氏は次に、モデルを用いた分析の結果、まず監査コスト基準が特定の値未満であれば、正の統制努力によって、営業努力の私的コストが通常以上になったとしても、株主に正の期待利得を与えるような均衡が存在することを示された。そして、その均衡の持つ性質のうち、顕著な特徴が期待されるものに関して行った比較静学分析の分析結果を鈴木氏はあげられた。具体的には、企業に導入されている各種情報システムのノイズに極端な差異がないとすれば営業情報システムへの投資を先行させることが無難であること、監査コスト基準値が上昇すると監査コストの増加を抑えようとする株主の意図がインセンティブシステムを通じて経営者に働きかけ、大きな統制努力を引き出すことができること、さらなる規制強化が予測される場合に、すでに規制の進んだ環境にある企業ほど営業情報システムに投資する効果が期待できることなどが示された。これらの結果により、実務の現状を説明(あるいは予想)している可能性のあるいくつかの知見を得られたと最後にまとめられて、鈴木氏は報告を終了された。

■■ 統一論題報告(2): 椎葉淳氏「比較会計制度分析:コントロール機能の一つの分析視角」
椎葉氏は、まず近年のミクロ経済学分野、特に契約理論に基づく研究成果を参照にしつつ、「会計」を比較制度分析と呼ばれる分析手法に従って考察することの重要性について議論した上で、比較会計制度分析と考えることのできるいくつかの研究の紹介をするとし、報告の具体的な内容に入られた。
椎葉氏は、まず制度とは経済活動を行う上で使われる様々な仕組みの総称であり、市場メカニズムだけでなく、法的な制度、慣習、組織、規則など、経済活動を行う上で前提となり、経済活動を規制する全てを含んだものであると定義された。このような制度の組み合わせは経済システムと呼ばれることになる。よって、比較制度分析とは、経済システムの違いがなぜ存在するのか、その違いは解消されるべき性質のものか、それとも多様性から生じる利益が存在するのか、異なるシステムが相互作用する場合にどのような結果がもたらされるのかなどについて体系的な分析を行うものを表すと椎葉氏は定義された。その上で、比較制度分析において、考察対象とする経済システムに会計に関する制度が含まれており、かつ会計に関する制度が含まれた経済システムを考察するときに生じる独自性を考慮している時、そのよう分析が比較会計制度分析とされることを示された。
次に、椎葉氏は比較会計制度分析への道程として、会計の分析手法としてミクロ経済学、特に契約理論がどのように進展してきたのかの説明を行われた。ここであげた契約理論とは、「非対称情報・契約の不完備性の下でのインセンティブ設計の経済理論」と定義される。現在では、契約理論を応用した会計研究は北米における主要な分析的研究の一つであるが、例えば権限委譲を含んだ組織構造の選択や、企業内・企業間での黙示的契約、さらには法律などを外生的に扱っており、それらの問題を同時に考慮することは希とされている。しかしながら、特に管理会計の分野では、他の組織的・戦略的な要因まで含めて原価管理やコスト・マネジメントの問題を考察することや、株価や非財務指標あるいは非金銭的な動機なども考慮して業績評価の問題を考える必要があると言える。 そのため、対象とする問題に対して企業組織において会計を含んだ複数の制度が利用されている場合、その相互関係を考慮して分析する必要がでてくることになり、ここに比較会計制度分析の重要性があると椎葉氏は主張された。このような比較会計制度分析の必要性を示す例としては、コンビニ会計のケースや経営者報酬の実際が取り上げられた。また、比較会計制度分析の研究例として、マネジメント・コントロール、経営者報酬契約と保守主義会計、組織間関係と会計情報の特性、会計基準のコンバージェンス(アドプション)をあげられた。
最後に、椎葉氏は今後の研究の方向性の研究視点として、(報酬契約などの)研究者が注目する制度を中心に、(保守主義会計などの)それに関係する制度を同時に考慮して、その相互関係が(超過報酬などの)パフォーマンスに与える影響について検証することをあげられた。また、今後の研究方法として、方法論としての「組織の経済学」に対する正確な理解をあげられ、理論分析を行う研究者と事例やデータによる分析・検証作業を行う研究者との共同研究の推進を提案されて、報告を終了された。

■■ 統一論題報告(3) : 関口善昭氏「性悪説に基づく内部統制の限界とIT統制の最新事情」
関口氏は、まず、米国の統計によればほとんどの不正が内部統制の不整備または機能低下から発生していることなどをあげて、企業の不正の対策は摘発でなく、兆候を認識した上での早期発見と予防であると主張された。その上で、関口氏は、「経営者によるインターナルのリスク管理」という位置づけに進化してきた近年の内部統制において、その底流に流れる思想は’性悪説’であると強調された。さらに、この’性悪説’は競争力の源泉は人財であるという考え方と矛盾しており、内部統制は従業員の心底からの支持は得にくい状況にあると述べられた。これを踏まえると、人間は生まれながら弱い動物であり、”魔が差す”場合がありうるという”性弱説”に基づき、魔が差さない制度、プロセス、システムを構築し、従業員と家族を守るのが内部統制の本来の目的であるとする方が納得できると関口氏は唱えられた。
次に、関口氏は、SAPによる最新のIT統制では、不正を働く機会を低減させ、性弱説に基づいた魔が差さない仕組みを実現できるようになってきていることを説明された。具体的には、SOD(Segregation of Duty)リスクを低減させるため、財務諸表の信頼性を棄損するリスク並びにそのリスクを生じせしめるよろしくない権限の組み合わせが事前定義・実装されていて、ユーザー1人1人が持つ権限の塊を自動的に突合し、高いリスクが生じている従業員を自動的に洗い出すことができるようになっている。また、是正措置が取られるまでの間にその良くない組み合わせが実行されてしまった場合には、リアルタイムでアラートがシステム管理者に飛ぶ仕組みが出来上がっていること、権限を付与する段階で、本当にこの人にその権限を与えても高いリスクが生じないのかどうかを事前に分析すること、特権ユーザーが権限を行使した場合の履歴管理も可能な体制になってきていることも具体例をもとに示された。
また、関口氏はブッカンのコントロール論のフレームワークについて述べられた。そして、このフレームワークを踏まえた、リスク情報の一元管理、リスク管理から戦略管理へのリスク情報の伝達、財務情報・非財務情報・リスク情報を関連する戦略とリンク付けすること、各戦略の各々の施策(イニシアティブ)毎の達成率・リスク量等を把握することを可能とするSAPの最新ソリューションを説明された。
最後に、管理会計の数字をベースに経営の意思決定や業績評価が行われるので、その数字の正確性、信頼性、網羅性を担保する必要があるのは言うまでもないことであり、それを支えるのが内部統制の役割の1つであると関口氏は指摘された。そして、管理会計は「過去」から「現在」の結果情報に基づいているだけでなく、国際財務報告基準(IFRS)が適用されれば「将来の」見通し情報に基づくことになることを述べられた。ゆえに、将来的にIFRSが適用されれば、経営管理指標と管理会計へのインパクトがでてくることが予想されることから、今後は内部統制に係る学会、諸団体と日本管理会計学会とのさらなる連携が必要になることを主張されて、関口氏は報告を終了された。

■■ 統一論題報告(4) : 大下丈平氏「ガバナンス・コントロールの理念と方法 ‐内部統制論議 を手掛りにして‐」
大下氏は、近年においてコーポレート・ガバナンスの一環として内部統制が世界的に法制化され、それに伴って内部監査の重要性がクローズアップされていること、そうした内部統制の法制化を契機に伝統的なマネジメント・コントロールの領域でもリスク・マネジメントや価値創造の視点から新しいフレームワークの構想があることをまず述べられた。その上で、日・米・仏の国際比較を通して、内部統制を介したコントロール論へのガバナンス概念の包摂とその帰結の意味内容を明らかにしたうえで、ガバナンスをコントロールする可能性を考察することを本報告の目的とすると述べられた上で、報告の具体的な内容に入られた。
大下氏はまず、石油危機以後の日米の経済関係の背景を踏まえた上で、米国ではコーポレート・ガバナンスの要請から1992年にCOSO『内部統制の統合的枠組み』がまとめられたと述べられ、さらにCOSO『内部統制の統合的枠組み』の意義について2つの論点をあげられた。1つ目はマネジメント・プロセスからコントロールと監査の要素(リスクの評価、統制活動、監視活動)を抽出して内部統制を形成させるということであり、2つ目の論点は1つ目の論点であげた内部統制概念がガバナンスをも包み込むというものである。これら2つの論点へのコントロール論の対応について、米国ではコーポレート・ガバナンスを契機とした内部統制論の新展開、内部統制論からリスク・マネジメント論さらにはERM(企業全体リスク・マネジメント)論への展開が見られること、ガバナンス概念はステークホルダー志向、価値概念は株主価値志向になっていることを大下氏はあげられた。これに対し、フランスにおける対応は、内部統制を介したコントロール論へのガバナンス概念の包摂と、リスク管理と価値創造を軸としたコントロール論の新展開が見られること、ガバナンス概念はステークホルダー志向、価値概念は(社会的な)付加価値志向になっていることを大下氏は示された。
次に、大下氏はガバナンス・コントロールの可能性として、内部統制評価と内部監査の新しい展開について述べられた。これは、外部からの内部統制の強制的な制度規定は各企業独自のコントロール・システム(及び監査システム)の設計と運用を要請し、いったん構築された内部統制システムはリスクと価値創造のマネジメントを軸にした「ガバナンスのコントロール」に向かうことになるということである。その上で、大下氏は、米国におけるガバナンス・コントロールの理念は株主・投資家の立場から管理会計論、コントロール論へのあるべき方向を模索する企業価値・株主価値アプローチであり、一方でフランスにおけるガバナンス・コントロールの理念は、米国型の理念を取り入れつつも、取締役会によるCEOへのモニターの支援を通して、企業の利害関係者へのアカウンタビリティの遂行を支援することを目指すものであると述べられた。これら2つの理念は、ともにERMと価値創造マネジメントを支援することを通して、内部からガバナンスをコントロール(規律づけ、支援)するものであると主張された。さらに、2つの理念を前提としたうえで、わが国が現時点において取るべき基本的な方向性は何か、それを支えるガバナンス・コントロールの理念は何なのかという問題提起を大下氏は行った。そのガバナンス・コントロールの具体的な方法の例として、マネジメント・コントロールはコーポレート・ガバナンスの手段として位置づけ、ガバナンスを支援する方向でのコントローラーの役割を拡大することなどを挙げられた。
結びとして、本報告において、大下氏は内部統制の評価とその監査の制度化を機に、伝統的なマネジメント・コントロールの仕組みである「下降3層構造(マネジメント・コントロール・監査)」と、内部統制を解して下降3層構造とつながりつつも、ガバナンス機構の規律付け・支援を行う「上昇3層構造(ガバナンス・内部統制・内部監査)」を抽出したと述べられた。また、内部統制の制度化を契機に、コントロール・管理会計がガバナンスを規律付け、支援する仕組みをガバナンス・コントロールとして提案したと述べられた。さらに、大下氏は、新たに制度化された内部統制こそ外から捉えられたコントロールや管理会計のシステムそのものであり、内部統制の制度化を契機にガバナンスのレベルにおいて、つまり社会的・公共的な視点からもこれらのシステムが活用される可能性が生まれたということを指摘した。加えて、現時点でわが国の政治・財政、経済、社会に持続可能性を与えるための方法としては、知識社会に適した技術革新と新しい産業構造の構築を目指し、経済、社会、政治のバランスの取れた市場社会の形成を進めるしかなく、こうした理念・方策を後押しするために管理会計学・コントロール学からリスクと企業価値創造のマネジメントを支援するガバナンス・コントロールの可能性を提案したと述べられて、大下氏は報告を終了された。

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3日目の午後は、原田氏を座長として、鈴木氏、椎葉氏、関口氏、下氏の4名をパネリストに、コメンテイターとして山本達司氏(名古屋大学)を迎えて、統一論題シンポジウムが行われた。 山本氏は、2日目の各報告者の報告の要約と、それぞれの報告内容に対する質問を述べられた。まず、鈴木氏の発表に対して、モデルにおける変数の関係、分析結果のdriving force、統一論題に対するメッセージは何なのかという質問を行われた。椎葉氏の発表に対しては、比較制度分析は契約理論とゲーム理論に大きく依拠しているが、プレイヤーが制度の中で戦略を実行し、異なる制度の社会的厚生を比較するのか、制度改正についての提言はあるのか、管理会計における比較会計制度分析において今後期待される分析方法は何か、コントロール機能として管理会計を考えた場合にどのような制度が重要と考えられるのかといった質問がなされた。また、関口氏の発表に対して、性弱説に立て ば防止できなくて性悪説に立てば検知できるリスクはないのか、そのリスクが重大であるときには性弱説に立つ内部統制は充分なのか、IFRS導入によって不正防止・検知システムにどのような影響が及ぼされるのか、IFRS導入によりコントロール機能としての会計の重要性は高まるのかといった質問を行われた。最後に、大下氏の発表に対しては、日本企業における内部監査は有効に機能しているのか、もしそうでなければどのような改善策があるのか、ガバナンス概念がコントロールに包摂されることによって管理会計が想定する利害関係者に変化があったのか、管理会計においても明示的に株主を第一の利害関係者と意識されるようになったと考えられるのかといった質問がなされた。これらの質問に対する報告者の解答が行われたのち、さらにフロア参加者による質問も行われ、活発な議論が展開された。

■なお、次回の日本管理会計学会年次全国大会は、関西大学にて開催される予定である。

※本大会記は、日本管理会計学会2010年度年次全国大会の研究報告要旨集、各報告の当日配布レジュメ、当日の各報告内容をもとに作成しました。

矢内一利氏 (青山学院大学 )