■■ 日本管理会計学会2012年度第3回フォーラムは,玉川大学を会場として,2012年12月8日(土)に開催された(実行委員長:山田義照氏)。今回のフォーラムのテーマは「ものづくりの管理会計の再考」とされ,日本のものづくりと管理会計の関係に焦点を当てた研究報告と企業講演が行われた。参加者は70名を超え,熱のこもった議論が繰り広げられた。第1部の研究報告では,園田智昭氏(慶応義塾大学)の司会のもと,原慎之介(一橋大学大学院),田坂公氏(久留米大学),中嶌道靖氏・木村麻子氏(関西大学)の3組が報告された。第2部の企業講演では,司会を伊藤和憲氏(専修大学)にバトンタッチし,織田芳一氏(富士ゼロックス株式会社 調達本部原価管理部)が講演された。その後,場所を移して懇親会が行われ,1年間の学会活動を振り返りながら,今回のフォーラムを惜しみつつ散会となった。
■■ 第1報告:原 慎之介氏
「Jコストによる現場改善効果の測定-資金効率の視点から-」
原氏は,既存の会計理論は原価低減に偏重していて,在庫低減やリードタイム短縮活動の評価に必ずしも結びついていないと主張され,Jコストを現場に導入することの意義について述べられた。Jコスト論は,トヨタ生産方式を会計的に評価することを目的として,田中正知氏(ものつくり大学名誉教授)によって提唱されたものである。現場のリードタイムを短縮する効果を財務的数値とリンクさせることを目的として作られた理論であるという。
氏は,Jコスト論の「現場の問題を顕在化する」側面と「現場の改善効果を評価する」側面に焦点を当て,管理会計技法としてのJコスト論の役割を明確化された。その上で,利益尺度としてのJコスト,資金尺度としてのJコストについて述べられ,どのようにJコストを現場に活かせばよいのかをシミュレーションベースで説明された。
Jコストの計算方法は,コストと時間の積で表される面積(縦軸にコスト,横軸に時間)であり,その本質は資金量である。縦軸を短くする改善が原価低減であるのに対し,横軸を短くする改善がリードタイム短縮で,これらの積を用いた理論がJコスト論である。またJコストの総和は製品1単位を作るために要した棚卸資産にも相当するという。
また,Jコスト論の特徴として,原価のみならずリードタイムや資金の利用量も測定できるものであることを強調された。特に資金面だけに影響を与える改善について評価できるということ,つまり,既存の会計理論では,利益に結びつかない要素を正しく評価しにくいため,Jコスト論によって評価することが重要であるという。
最後に,会計技法は利益に基づいた評価がなされるため,現場の改善活動が正当に評価されていないという問題点を指摘された。その上で,田中氏が主張されている利益尺度としての利用方法と原氏が今回の報告で述べられた資金尺度としての利用方法を用いてJコスト論を利用することにより,これらの問題の解決が図られると結論を述べられた。
■■ 第2報告:田坂公氏
「グローバル型企業における原価企画の展開と課題」
田坂氏は,円高の問題を始めとする厳しい企業環境の変化のなかで,日本の企業が国内から海外へ出て行ってしまっているという現状を憂え,原価企画がどのようにグローバル企業に対応してきているのかについて報告された。報告では,原価企画の先駆的企業である自動車部品メーカーA社に対する調査を一つの事例として,特に新興国向けにどのような原価企画が展開されているのかについて述べられた。
最初に,世界の自動車販売の現状について次のように紹介された。日本自動車工業会による世界の自動車販売数のデータを,氏が先進国向け販売数と新興国向け販売数に分けたところ,先進国向けは横ばいあるいは減少しているのに対し,新興国向けはこの10年間で約3倍となっており,情勢が大きく変わっているという。また,日本政策投資銀行の資料より,先進国市場における原価企画の対象車は低燃費車,環境技術を駆使した製品が中心となっており,品質とコストがしっかりと検討されながら開発されていることが分かる。一方,新興国市場は,モータリゼーション以前の国もあり,かなりバラつきはあるが低価格車の開発が原価企画の対象となっている。研究の側面については,先進国向けの原価企画は進んでいるが,新興国向けの研究が立ち遅れていることを指摘された。
次いで,Bartlett and Ghoshal(1989)の先行研究を紹介され,グローバル型企業の戦略パターンについて述べられた。戦略パターンは,(1)グローバル戦略,(2)マルチナショナル戦略,(3)インターナショナル戦略,(4)トランスナショナル戦略の4つに分けられる。とくに,(4)トランスナショナル戦略は,(1)・(2)・(3)が発展した最終形態であり,本国と展開先との相互依存性を強くすることができる理想形であるという。先行研究の中では,新興国市場への展開が必ずとも示されておらず,その展開を考える余地があるとまとめられた。
そこで,氏が2011年に調査された部品メーカーA社の事例を用い,新興国向けの原価企画がどのように行われているかを紹介された。最初に,A社が新興国における原価企画で失敗をした例を示された。失敗をした原因として,先進国で成功した原価企画を新興国にそのまま移転しようとしてしまったことをあげられた。魅力的品質の考え方は国ごとに違うため,現地適用品を開発しなければならなかったという。たとえば,車のエアコンは,先進国では静かな方がよいが,新興国(インド)においては音が出る方が好まれる傾向にある。新興国向けの原価企画においては,機能を落としてさらにコストを下げるという,いわばVEの「禁じ手」を使うこともやむを得ないという。この失敗から,原価企画の原点である「市場価値を取り込んだ源流管理」に立ち返ることを意識させられたと述べられた。この失敗を踏まえ,A社は,(1)最適機能,(2)最適品質,(3)最適生産,(4)現地化推進の4つを掲げ低コスト化を目指している。次いで,A社の中国での事例についても述べられた。
最後に,Bartlett and Ghoshal(1989)の先行研究では,グローバル企業の戦略はトランスナショナル戦略が理想とされたが,A社の事例ではマルチナショナル戦略的な見解がなされる傾向があると主張された。今後は,国ごとにニーズが異なることを意識して「マルチナショナル型」の戦略パターンにおける原価企画をいかに展開できるかが課題となるとまとめられた。
■■ 第3報告:中嶌道靖氏・木村麻子氏
「日本のものづくりを強化するMFCAの有用性とは」
中嶌氏と木村氏の共同研究において中嶌氏が中心となり報告された。氏は,MFCAが物量管理とコスト情報を組み合わせて行われる管理会計技法の一つとして位置づけられることを説明され,(1)日本のものづくりの評価(マテリアルロスの発見),(2)日本企業のものづくりを強化する(マテリアルロスの削減),(3)MFCAの有用性とは(改善点の拡大と拡張・コスト削減と結びつく技術革新)という3つの視点で報告された。
最初に,MFCAから日本のものづくりはどのように見えるのかを以下のように述べられた。物量情報の側面から「ものづくり」をみると,原材料のうち多くの部分がロスとなっているのが日本の現状である。それらは環境管理会計という手法のなかで資源生産性という言葉を使いながら説明されている。ものづくりという視点でとらえると無駄なく作ることが何よりも必要であり,MFCAを用いてコストで評価することが重要であろう。コストの評価が適切であるかないかという議論も欧米では存在しているが,MFCAは,たとえば35%が製品にならなければ製品原価全体の35%がロスになると考えてみようということだ。日本の企業の中には,無駄を出しながら生産しているという認識をしている企業はほとんどない。氏が調査したところ,コストに関しては「乾いた雑巾」でありこれ以上絞れるところはないと答える企業が多いが,実際にMFCAを用いてみると見えてくるコスト(ロス)があるという。
次いで,サプライチェーンにMFCAを導入する意義について述べられた。マテリアルロス発生のカテゴリーを明確にされ,サプライチェーンでの品質情報の共有によるマテリアルロスの削減,つまり,管理レベルを合わせることによるマテリアルロスの削減について説明された。続いて,経済産業省産業 技術環境局環境政策課 環境調和産業推進室(2010)の資料を基に硝材メーカーとキヤノンの事例を取り上げられ,技術開発と技術連携によるマテリアルロスの削減について述べられた。自社だけでコストダウンを考えるのであれば,原価企画という考え方もありうるが,技術力がなければそれに対して答えることはできない。そもそも企業自身がどこに問題があるのかを把握していないのではないかという疑念のもと,サプライチェーンにMFCA的な考え方や情報を共有できれば,より大きな資源生産性の成果が得られるのではないかとまとめられた。また,氏が行った「MFCAをサプライチェーンで活用するためのアンケート調査(郵送1,561社,回答356社)」についても詳説され,MFCAの認知度や,取引の継続性と材料歩留りの把握・共同改善,2社間の情報窓口の実態などについて明確にされた。
最後に,MFCAに対する3つの課題について述べられた。1つ目は,日本のものづくりにおいて,いかにサプライチェーンにMFCAを使った成功事例なり,マネジメントを作り出すかである。2つ目は,日本企業は海外にシフトを始めているが,日本で作ったMFCAのマネジメントをどのように海外に移転させるかである。3つ目は,マネージャーがいないという問題である。管理レベルと技術を作り上げても,それらをつなぎ合わせる人がいないという課題にぶつかる。技術と実行を噛み合わせる部分に人がうまく育っていないという現状が非常に大きな問題となっているという。
竹迫秀俊(城西国際大学大学院)