2024年12月1日 藤原靖也(和歌山大学)
日本管理会計学会2024年度第2回関西・中部部会が、2024年11月23日(土・祝)に和歌山大学(栄谷キャンパス)を主催校として開催された(準備委員長:藤原靖也)。今回の部会も、対面とWeb(Zoom)を活用したハイブリッド開催となった。
部会の開催にあたり、まず、部会準備委員長から部会当日のプログラムや進行方法に関する説明があり、続いて、徳崎進関西・中部部会長から初めての和歌山県での開催となり喜ばしく思うというお気持ちを含め、開会のご挨拶をいただいた。
その後、プログラムにしたがって、特別講演1件および自由論題報告2件の発表がなされ、活発な質疑応答が行われた。参加者は40名(対面12名、オンライン28名)であった。以下、特別講演、各報告の概要を簡単に紹介する。
※会員の皆様へのご案内から部会開催までの間において、第一部【特別講演】における安本卓史氏がINAC神戸レオネッサを正式に退団されたとの報告がありました。そのため、講演者欄のINAC神戸レオネッサに関する役職欄を前代表取締役社長と訂正させて頂いております。
第一部〔特別講演〕司会:藤原靖也(和歌山大学経済学部 准教授)
講演者:安本卓史 氏(ヴィッセル神戸元常務取締役・INAC神戸レオネッサ前代表取締役社長・日本女子プロサッカーWEリーグ初代理事)
講演テーマ:「前例がないことをやってみる」
特別講演では、ヴィッセル神戸元常務取締役・INAC神戸レオネッサ前代表取締役社長・日本女子プロサッカーWEリーグ初代理事の安本卓史氏より、特に発展途上であった女子サッカークラブ業界の現状とクラブ経営における諸課題を克服するための様々な取り組みを中心としてお話を頂いた。
安本氏は女子サッカークラブINAC神戸レオネッサの運営において①メディアへの訴求、②ビジョンと目標の共有・浸透、③多様性を重視するための施策等に関して様々な問題意識を有しており、代表取締役就任後はそれぞれの課題について、「前例がないこと」を積極的に行いつつ、クラブ改革に着手した経緯と具体的な施策およびその効果につき講演された。
まず、安本氏はとりわけスポーツの発展を考えたとき「メディアに発信し続けてもらえないスポーツは関心事にならず当該スポーツ業界の発展に寄与できない」という点が課題であると強く認識されていると述べられた。そのために安本氏自身も積極的にメディアに関与しつつ、「前例がないこと」として、例えば、著名なデザイナーを起用したチーム・ユニフォームの変更、チーム・フラッグへのこだわり、資金調達を通じたわが国有数の競技場である国立競技場での女子サッカー初の決勝戦の実現など、メディアへの関心を引く様々な取り組みを積極的に行ってきた旨お話があった。
次に、チーム内のビジョンと目標をいかにプレーする選手たちに共有・浸透するかというマネジメントにおいて重要な点についても詳細にお話がなされた。「ビジョンを示すだけではチームは動かない」との認識のもと、例えばチーム発展の先行指標となりうるメディアへの訴求効果を独自の方法を用いて測定され、結果指標として入場者数や収益・費用額の推移などを把握し、どちらも全選手に共有していたことも説明された。また、「全選手に現状を伝えるとともに、今後の方針を選手にも考えてもらう」ことも重視されており、上述の各指標等をもとに、INAC神戸レオネッサの体制強化と改善の方策につき選手も巻き込んで検討されていたことも述べられた。それらの成果として、チームの運営体制も強固となり選手のエンパワメントの向上につながったと述べられた。
また、「サッカーといえば男子サッカーが先行していた状況下において、女子サッカーの発展にとって多様性の重視は不可欠である」、との認識のもと、それを達成するための取り組みも紹介された。例えば刺激に対して過敏なファンに配慮するための「センサリー・ルーム」を日本で初めてスタジアムに設置するなどの取り組みも紹介がなされた。
講演後は、ビジョンの共有・浸透に対して、各種の先行指標・結果指標のサッカー選手に対する活用方法―具体的には共有する情報の範囲、また責任を持たせる範囲についての質問や、国立競技場での資金調達が可能であった要因、数値による管理に反発を生まない形で組織構成員に経営管理上の課題を共有しエンパワメントを促すための仕組みをどのように構築したのかどに関する質問があり、時間を余すことなく、活発な質疑応答が行われた。
第二部〔研究報告〕司会:井上秀一(追手門学院大学経営学部 准教授)
第1報告
報告者:下田卓治 氏(旭川市立大学経済学部 准教授)
論 題:「えるぼし認定と企業特性および企業価値の関係」
本研究報告では、職場におけるダイバーシティの重要性を背景としつつ、とりわけ女性活躍促進のための施策の実効性が十分に検討されていないことを問題意識とした研究結果が報告された。
本研究では、女性活躍推進のための施策は組織としても成長を促す要因であると認識され、組織を取り巻くステークホルダーも着目していることをまず指摘した。一方で各種の施策の実効性に研究の余地があることを問題とし、女性活躍促進の証として厚生労働省が認定する「えるぼし認定」の効果を例に取り、先行研究のレビューを踏まえ2つの仮説が提示された。
報告者は、第1に女性登用とその開示に関する先行研究のレビューの結果を踏まえ「えるぼし認定と企業特性の間には有意な関係性は見られない」との帰無仮説を設定した。第2に、企業価値との関係においては女性従業員の活躍による効果を先行研究のレビューにより整理したうえで、女性の活躍促進が企業価値の向上に正の影響を与える可能性が提起され、「えるぼし認定を取得した企業の企業価値は取得していない企業の企業価値よりも高くなる」との仮説が設定された。
仮説検証に用いられるデータは東京証券取引所に上場している企業のアーカイバル・データが用いられ、仮説1の検証に関してはロジスティック回帰分析により行われた。仮説2の検証に関してはえるぼし認定の前後で企業価値に変化が生じるかにつき、企業価値の代理変数としてトービンのQを用いたDID(Difference-in-Differences Analysis)により検証がなされた。
統計分析の結果、①規模が大きく、独立社外取締役比率が高い企業はえるぼし認定を取得する傾向が高いこと、②えるぼし認定の取得と企業の企業価値の間には正の関係にあることが確認された一方、その効果は長期にわたって継続するものではなく一過性であることが確認されたことが報告された。
質疑応答では、仮説1と仮説2の連関性や仮説2の検証における推定式の妥当性などについて活発な議論がなされた。
第2報告
報告者:中島宏記 氏(京都大学経営管理大学院 大学院生)
論 題:「ガバナンスの変更を前提とした企業再生下で適用されるMCSを検討する上で有効なフレームワーク」
本研究報告では、企業再生の場面においてはガバナンス体制の変更が多く見られる中でマネジメント・コントロール・システム(以下、MCS)がいかなる役割を果たすかを検討する重要性に触れたうえで、その端緒としていかなるフレームワークを用いることが有益であるかを議論した理論的検討の成果が報告された。
報告者は、まず事業再生およびガバナンス変更の範囲について触れたうえで、管理会計研究において提唱されてきたフレームワークを分析する前提として3つの要因を指摘した。それらは、①経営環境の不確実性が増大すること、②組織構造の変化を伴うこと、③旧経営者・新経営者の利害関係者としての位置づけが変化することの3点である。
次に、本研究はそれらに基づきAnthony(1965)のフレームワーク、Simons(1995)のフレームワーク、およびMalmi and Brown(2008)のコントロール・パッケージ論が事業再生とどの程度の親和性を有するかを検討した結果が報告された。
具体的には、第1にAnthony(1965)のフレームワークには組織階層に関する前提や変化の激しい環境への適応性を検討するためには不十分な点が多いものの、企業再生の場面を想定すると、目標整合性の観点からは企業再生計画の遂行に資する示唆は大きいのではないかという提言がなされた。第2にSimons(1995)のフレームワークには創発戦略およびダブル・ループ学習の概念が内包されている点、また、双方向型のコントロール・レバーは不確実性や組織構造の変化への対処および戦略変更を伴う企業再生を検討するための適用可能性を有している点から、Simons(1995)を用いて検討すると得られる示唆は大きいのではないかという指摘がなされた。第3にMalmi and Brown(2008)のコントロール・パッケージ論はMCSのデザインを主な問題としているものであり、企業再生という場面においてはそれらが変わりゆく点において不確実性への対応を検討するための分析枠組みとしては適していない可能性があることが指摘された。
報告者は、以上検討の結果としてガバナンス体制の変更を伴う事業再生を検討する際は、不確実性・組織構造の変化等を内包しているSimons(1995)のフレームワークを用いることが適しているのではないかと結論付けた。
質疑応答においては、事業再生の場面においては管理会計ツールの変更・刷新が企図される場面が多く、フレームワークの検討以前にそれらのツールの効果性を検討する有用性に関する言及とそれへの応答など、活発な質疑応答が行われた。