2021年6月20日
大阪大学 椎葉 淳
2021年度第1回リサーチセミナーは,東北大学が準備委員(準備委員長:木村史彦氏)となり,東北大学との共催で,2021年6月19日(土)14時~16時35分にZoomを用いたオンラインで開催されました。当日の参加者は24名であり,第1報告の司会は木村史彦氏(東北大学),第2報告の司会は松田康弘氏(東北大学)により進められ,日本管理会計学会・副会長の椎葉淳氏(大阪大学)より開会の挨拶が,準備委員長の木村史彦氏(東北大学)より閉会挨拶がありました。
第1報告は孟繁紅氏(山口大学),第2報告は濵村純平氏(桃山学院大学)でした。また,ディスカッサントとして,第1報告に対しては木村史彦氏(東北大学),第2報告に対しては松田康弘氏(東北大学)から,それぞれ研究内容の要約と研究の改善に役立つコメントが数多くなされました。フロアからもコメント・質問があり,活発な議論が行われました。
第1報告 孟繁紅氏(山口大学)
報告論題:企業のCSR活動が財務パフォーマンスに及ぼす遅延効果に関する実証研究―中国における上場企業のパネルデータ分析―
第1報告では,中国における上場企業に公表された4年間のパネルデータの重回帰分析を行い,当座比率,1株当たりの利益成長率などの指標を表すCSR活動が財務パフォーマンスに正の影響を与えるか,および遅延効果があるかどうかを検証した。
ステークホルダー理論に基づくと,企業は株主の要求だけを満たすのではなく,他のステークホルダーの利益も配慮しなければならないと考えられる。その理由は,企業は本質的には企業のすべてのステークホルダーによって構成され,企業の価値の創造もすべてのステークホルダーと直接に関連しているからである。そして,企業は社会的責任の履行を通してステークホルダーからの支持を得て,さらに企業の価値の向上に良い影響を与えると考えられる。また,企業は社会的責任の履行を通してステークホルダーの信頼と支持を得ることを目指しているが,社会的責任を履行してからステークホルダーからの反応を得るまで,情報伝達のプロセスに時間を要するため,CSRの財務パフォーマンスへの影響には遅延効果があると考えられる。以上から,この研究では,仮説Ⅰ:CSR活動は財務パフォーマンスに正の影響を与える,および仮説Ⅱ:CSR活動は財務パフォーマンスに及ぼす影響の遅延効果があるかを検証している。
実証結果として,本研究で設定したCSR項目のうち,当座比率(QR),資産納税率(TATR)のみが,当期の財務パフォーマンスを向上させ,一年後および二年後の財務パフォーマンスにも正の影響を与えることを明らかにした。

第2報告 濵村純平氏(桃山学院大学)
報告論題:Disclosure policy for relative performance indicators under product market competition
第2報告は,寡占競争において,企業は自社の経営者に対する業績評価指標を公表することが望ましいかどうかについて理論的に分析した研究である。
日本では会社法の改正により,経営者報酬をどのように決定するのか,すなわち経営者がどのように業績を評価されているのかを開示することが求められる。またアメリカでは,proxy statementの公表によってこのような情報開示が求められている。その結果,相対的業績評価に関する情報についても開示することになる。この研究では,このような相対的業績評価の開示に着目して,以下のリサーチ・クエスチョンを設定している。
- 企業にとって,相対的業績指標(RPI)を開示することが最適なのか。
- 相対的業績指標の開示は,消費者余剰と社会的余剰にどのような影響を与えるのか。
本研究の主たる結果としては,価格競争ではすべての企業が開示するのが最適になるが,数量競争ではコストが非効率な企業は開示しない方がよいケースもあることが示されている。
また本研究の含意として,次の3点が指摘されている。
- 数量競争の起こっている市場で,競争が緩やかなときには規制のコストをかけて無理に規制しなくても市場に任せればよい。
- 数量競争の起こっている市場(車や鉄鋼業など)で,競争が激しいときには強制開示にするのがよい。
- 価格競争の起こっている市場(softwareや金融業など)では,開示を止める手立てが必要になる。
このように,市場の状況に応じて,開示に関する規制を考える必要があることが主張された。

なお,リサーチセミナーは例年6-7月に1回,10-11月に1回の開催を予定していますが,2020年度は新型コロナウィルスの感染拡大を受けて,第1回は中止となりました。このため,2020年度は第2回のみとなりました。
そして,このように必ずしも洗練された意思決定を⾏なっているとは⾔えない医療機関の事例に基づき,洗練された投資意思決定について理解し活⽤できるようになるためのコストを⽀払うことよりも,理論的とは言い難いが簡単に理解・算出できる経済性評価と管理会計以外の要素を組み合わせる「シンプル」な管理会計が有用であることを主張しています。そして,このような「シンプル」管理会計の運⽤から,投資意思決定に有⽤な豊かな情報を得るとともに,医療機関での管理会計の普及やマネジメントに対する意識向上を⽬指していることを指摘しています。
本研究の主たる結果としては,第1にチームにおいては,ラチェット効果のメカニズムが異なることを理論と実験の双方から示したことにあり,チームとして働く従業員の不平等回避が強い場合,経営者が特別なことをせずとも,ラチェット効果が生じないことを明らかにしていると指摘しています。また第2に,熟練者と未熟練者がチームを組むときに,未熟練者の能力が伸びる効果と熟練者が手を抜くことを抑制する効果があることを示しています。このことは,従業員の教育研修制度に関する研究・実務に新たな知見を提示しています。
本研究の主たる結論として,第1にITリテラシーがある閾値より大きいのであれば最適なRPA等の導入水準が決まり,そのもとでの報酬契約が提示されるから,RPA等の導入と業績評価システムを統合的に,かつ業務や事業特性に応じて考えるべきであることを指摘しています。また,第2に人工知能(AI)とRPAには相補性があること,第3にITリテラシーが高いほど,組織内のIT教育は有意義であることを主張しています。また第4に本部の方がエイジェント(事業部)よりもITリテラシーが低かったとしても,RPA等の導入の決定権を本部が留保した方が良いケースが存在し,その傾向は事業リスクが高いほど高まることを指摘しています。
第1報告 海老原佑氏(東京理科大学大学院修士課程)
ディスカッサント:小倉昇氏(青山学院大学)
第2報告 庄司豊氏(京都大学大学院博士後期課程)
ディスカッサント:庵谷治男氏(東洋大学)
第3報告 梅田充氏(専修大学)
ディスカッサント:内山哲彦氏(千葉大学)
第1報告の飯塚氏は,品質とコストを管理する際に原価情報がどのような役割を果たしているのかという問題意識から先行研究のレビューを行っています。飯塚氏は,レビューの結果,Anderson and Sedatole(1998)では指摘されていない原価情報の役割として,品質コストの側面から(1)品質管理活動の効果の明示,(2)システムデザインに対する失敗コストのフィードバック,原価企画の側面から(1)システムデザインにおける品質と原価の作りこみ,(2)設計エンジニアに対してプレッシャーを与えることを指摘しました。
飯塚氏の報告に対し,ディスカッサントの安酸氏は,品質と原価という古くからあるが十分に解明されていないテーマ設定が行われている点は評価できるが,今後の研究戦略として,単純明快な研究課題を設定し,原価情報の役割に関する理論的な検討を行った上で,単なる物語である「物語管理会計」で終わらないための仮説と実証が必要である旨コメントしました。
第2報告の蒙氏は,中国のある中小電力企業S社(火力発電所)を対象としたMFCAの適用可能性について考察を行っています。蒙氏は中小企業におけるMFCAの導入ステップと,電力業におけるMFCAの適用可能性に関する先行研究をレビューした後,中小電力企業S社の製造プロセスとMFCAの適用可能性について報告しました。
蒙氏の報告に対し,ディスカッサントの木村氏は,本研究は中国電力企業への貴重なMFCA導入事例であり,先行研究では蓄積の多くないエネルギーバランスに着目しているという点で日本と中国それぞれの実務・学術的な貢献可能性があることを指摘しました。