2012年度 第1回 フォーラム開催記

2012forum1_1.jpg■■ 日本管理会計学会2012年度第1回フォーラムが,2012年4月14日(土)に大阪成蹊大学・短期大学にて開催された(実行委員長:大阪成蹊短期大学 三浦徹志教授)。今回のフォーラムでは,斉藤孝一氏(南山大学)の司会もと,景山愛子氏(安田女子大学),平井裕久氏(高崎経済大学)・後藤晃範氏(大阪学院大学)の2報告が行われ,松尾貴巳氏(神戸大学)の司会のもと,国枝よしみ氏(大阪成蹊短期大学)・鹿内健一氏(大阪成蹊短期大学)・田中祥司氏(大阪成蹊短期大学非常勤講師・早稲田大学大学院),島吉伸氏(近畿大学)・安酸健二氏(近畿大学)・栗栖千幸氏(医療法人鉄蕉会亀田メディカルセンター経営管理本部 企画部経営企画室)の2報告(計4報告)が行われた。
2012forum1_2.jpgフォーラムでは,園田智昭副会長(慶応義塾大学)から開催挨拶があり,続いて大阪成蹊短期大学 武蔵野實学長より歓迎の挨拶を頂いた。武蔵野学長は挨拶の中で,大阪成蹊大学・短期大学の歴史や建学の精神について触れられ,今回のフォーラムにおける発表内容との関連で,自然環境における長期的最適条件を守りながら,経済的な短期的最適条件を目指すことの重要性について述べられた。
武蔵野学長の挨拶の後,上記の4つの報告が行われたが,どの報告も活発な質問が寄せられ,大変有意義な討議が行われた。その後,場所を移して懇親会が行われ,散会となった。

■■ 第1報告:景山愛子氏(安田女子大学)

「リスクマネジメントと管理会計の接点:ERM を導入する場合
-カリフォルニア州立大学バークレー校のケース-」

2012forum1_4.jpg 景山氏はまず,環境変化が激しく,リスクが複雑化,多様化している現代では,企業価値を高めるためにリスクマネジメント(RM)を導入することが重要であり,RMのPDCAサイクルに管理会計が関わるべきであると述べた。そして,RMと管理会計との関わりをカリフォルニア州立大学バークレー校の事例研究において考察するという本報告の目的を示した。
次に,RMには段階的な分類があり,現在では,全社的な視点にたったEnterprise Risk Management(ERM)が重要であると指摘した。そしてERMについて説明したうえで,欧米においては,すでに大学にERMが導入され,ERMに管理会計が広く関与していると述べた。続いて,ERMを大学に導入するメリットを示した上で,カリフォルニア大学でERMが導入された経緯について説明した。カリフォルニア大学におけるERMでは,「効率性を高める」,「リスクコストを下げる」,「借入費用を改善する」,「ITと業務の余剰を減らす」という4つの結果を重視しており,Enterprise Risk Management Information SystemやBudget Changes Workbookというツールを利用することで上記の目的を達成していると報告した。
最後に,管理会計とRMの関係については,すでにレピュテーションマネジメントなどで研究されているが,研究の方法論についてはまだ整理が必要であるという点,および,大学を含めた非営利組織において近年意識されている組織の「価値」を考えるためには,定量的な情報だけでなく,定性的な情報についても十分考慮する必要があり,定性的な情報をどうとらえるかについて今後検討する必要があるという点を本報告のインプリケーションとして示した。

■■ 第2報告:平井裕久氏(高崎経済大学)・後藤晃範氏(大阪学院大学)

「株価と労働環境の関連性について」

2012forum1_5.jpg 平井氏は,まず企業価値の測定におけるインタンジブルズ情報の把握の重要性について述べ,インタンジブルズ情報の一つとしての人的資本,特に従業員満足度に関する情報と企業価値との関連性について検証を行うという研究目的を示した。次に,先行研究のレビューを通して,日本と米国における人的資産に関する考え方に差異があることを指摘しながらも,経営上重要な要因であることを再認識することの重要性を指摘した。
平井氏は従業員満足度と企業価値との関連性について考察するために,Edmansの 2011年に行われた統計的分析手法を参考にして,東京証券取引所1部上場企業で2005年度から2009年度までの日経「働きやすい会社ランキング」の上位100社に該当する企業をサンプルデータとした分析を行うという分析方法を示した。そして,働きやすさを従業員満足度の代替変数とした場合,従業員満足度が株式市場における株価と関連性があるという分析結果を述べた。
今後の課題として,従業員満足度と株価との因果関係を明らかにするためにはさらなる検証が必要となる点,日本経済新聞社によるランキング以外の従業員満足度の代替変数を考えることの重要性,企業価値評価における人的資本以外の項目を考慮することの必要性 を挙げた。最後に,上記の検討課題があるものの,従業員満足度と企業価値との関連性が高いことは事実であり,労働環境における情報開示が企業価値の評価の1つとして用いられるようになることが期待されると報告した。

■■ 第3報告:国枝よしみ氏(大阪成蹊短期大学)・鹿内健一氏(大阪成蹊短期大学)・
田中祥司氏(大阪成蹊短期大学非常勤講師・早稲田大学大学院)

「観光振興と住民の意識
-奈良県宿泊施設経営者の意識に関する調査の分析より-」

2012forum1_7.jpg 観光は現在,重要な国家戦略として位置づけられているが,環境破壊などの負の影響が存在することが課題として指摘されている。イギリスでは1999年頃から,人々の「幸せ」という価値観に焦点が当てられており,経済的な側面だけでなく,持続可能な発展に関して多様な研究結果が報告されている。ただし,持続可能な発展を実践していく立場である小規模ツーリズムとホスピタリティ企業の研究は少数であるため,奈良県の小規模宿泊施設経営者を対象としたアンケート調査により,経営者の観光開発に対する態度,認識,経営行動の構造を明らかにするという研究目的を示した。
まず,先行研究についてレビューし,5つの仮説について説明した。そして,「仮説1:企業規模が大きいほど観光に対してポジティブな傾向がある」はおおむね支持,「仮説2:勤務地域により観光に対する意識が異なる」は支持,「仮説3:ホテル旅館の勤続年数により観光に対する意識が異なる」は不支持,「仮説4:ホテル旅館経営者の居住地域により観光に対する意識が異なる」は支持,「仮説5:ホテル旅館経営者の居住年数により観光に対する意識が異なる」は不支持という分析結果を示した。
さらに質問項目の因子分析を通じて抽出した5つの因子により,旅館・ホテル経営者意識に関する構造方程式モデルを示した。このモデルから,経営者の観光に対するポジティブな意識が観光の推進力となり,そのため社員教育による品質の向上が重要となる点,経営努力が環境負荷などの社会的な負の影響を与えるという点が明らかになると述べた。
最後に,小規模エリアにおけるネガティブ要因(費用,生活費の増加,値上がり,環境への悪影響)に対する対策や小規模エリアを含めた観光推進策の重要性について示した。

■■ 第4報告:島吉伸氏(近畿大学)・安酸健二氏(近畿大学)・
栗栖千幸氏(医療法人鉄蕉会亀田メディカルセンター 経営管理本部 企画部経営企画室)

「非財務指標と財務指標の関係に関する実証研究:国立病院データの分析」

2012forum1_8.jpg 本報告において,まず,島氏は非財務指標の重要性を示すためには,非財務指標が持つ財務業績の説明力について示す必要があり,そのために,国立病院で行われてきた患者満足度調査の結果を通じて,国立病院の収益,費用,利益の変動について分析するという研究目的を示した。次に,先行研究のレビューにより非財務指標と財務成果の変動との関係について検証するという目的には,顧客満足度を非財務指標として用いることが適切であると述べた。
続いて,複数の国立病院を対象とした複数年度にわたる患者満足度の変化と病院の収益,費用,利益の変動の関係を統計的に分析するという研究アプローチを示し,研究に利用されたデータの概要(国立病院約150病院の5年分のデータ)および,顧客満足度とコストや収益の関係について説明した。
2012forum1_9.jpg 次に,安酸氏は本報告におけるパネル分析の方法を3つ示し,それぞれの分析における推定結果を示した。そして,その結果によって得られるインプリケーションは満足度指標に「全体として病院に満足」という回答を採用した場合と,「家族や知人に勧めたい」という回答を採用した場合とで大きく異なると述べた。安酸氏によれば,前者の場合は,(1)満足度の向上はコストには影響しない,(2)入院患者の満足度は病院の財務面に影響しない,(3)相対的に高い満足度をさらに高めることは収益にマイナスの影響を及ぼすというインプリケーションが,後者の場合は,(1)外来患者の満足度はコストに影響する,(2)入院患者満足度は病院の財務面に影響する,(3)相対的に高い満足度を高める努力は病院の収益にプラスの影響をもたらすというインプリケーションが得られるということであった。

坂手啓介(大阪商業大学)