2008年度 年次全国大会の大会記

 日本管理会計学会2008年度全国大会は,甲南大学を会場として,8月29日(金)から31日(日)までの日程で開催された(大会準備委員長:上埜進氏)。
 自由論題報告は,テーマ・セッションやワークショップという形式のもとで,2日目午前中に8会場で22件,3日目午前中に7会場で19件,合計41件の報告が行われた。また,司会者のほかに,報告者に有益な研究改善提案を行う役割とフロア参加者の理解を深める役割を担う討議者が加わり,活発な議論が展開された。
 2日目の特別講演では,淺田孝幸氏(大阪大学)を司会に,林守也氏(株式会社クボタ代表取締役副社長,機械事業本部長)が講演をされた。また,統一論題報告は,原田昇氏(東京理科大学)を座長として,統一論題「インタンジブルズ(intangibles)と管理会計」のもとで,まず,伊藤邦雄氏(一橋大学)が基調講演され,次いで,青木茂男氏(青山学院大学),山本達司氏(名古屋大学),古賀健太郎氏(University of Illinois)の3名が報告された。懇親会は非常に多くの参加者があり盛会であった。
 3日目の統一論題シンポジウムでは,原田氏を座長に,青木氏,山本氏,古賀氏の3名をパネリストに,小倉昇氏(筑波大学)をコメンテーターに加え,活発な議論が行われた。
なお,今回の大会に参加した会員および非会員は総勢で246名(この他に甲南大学大学院生15名の参加)であり,また,すべての報告が日本公認会計士協会からCPE単位の対象に認定された。
以下は特別講演と統一論題報告の要旨である。

<特別講演>
林守也氏「『ドメスティック企業』から『グローバル企業』へ‐経営革新とグローバル化‐」
 林氏は,トラクターやコンバインといった農業機械を取り扱う国内指向の強い会社というイメージが定着しているが,クボタは,実際には,北米市場を中心に欧州市場やアジア市場において事業活動を展開する日本でも有数のグローバル企業に成長していることを始めに強調された。 グローバル化とは,今ある商品を海外に売ることではなく,一つ一つの地域や市場を発見することであり,各国の文化,歴史,経済,ライフスタイルに合わせた商品ないしビジネスを開発・構築することこそがグローバル化であると指摘された。具体例として,日本のトラクターが農機具ではなく家庭の草刈り機械として需要があることを調査したうえで,クボタが北米で富裕層向けの市場に合致する販売戦略を展開してきたことを示された。また,アジアを中心とした新興国の経済発展が加速化していることに鑑み,グローバル化にともなう事業拡大のチャンスを企業革新のチャンスと捉え,企業自ら改革し変化していくことが重要であると主張された。

<統一論題報告>
基調講演:伊藤邦雄氏「インタンジブルズと企業価値」
 伊藤氏は,コーポレートブランド,特許・知的財産権,人的資産・知的資本,IT投資・ソフトウェアなどの企業経営上きわめて重要な無形資産の多くが貸借対照表に計上されないものの,近年それらへの投資額が増大しており,企業価値の決定因子がIT化,サービス化の進展にともなって有形資産から無形資産にシフトしている事実に注目され,無形資産研究の重要性を,始めに指摘された。
 次いで,無形資産を構成するコーポレートブランド(以下,「CB」という。)に着目し,企業価値創造企業(株式時価総額を増大させた企業)はCB価値を増大させること,また,純資産と経常利益を所与としてもCB価値は企業価値を追加的に説明する能力をもつこと,などを定量的な分析結果にもとづいて示された。また,CBをコントロールするためには,CBの「見える化」(測定)が必要であることを強調され,伊藤氏が日本経済新聞社の協力を得て2001年に開発されたCB価値測定モデルである「CBバリュエーター」を解説された。終わりに,真の企業価値は,ステークホルダー(株主,従業員,顧客)の価値の総和である,と主張された。

統一論題報告(1):青木茂男氏「企業価値の意味するもの」
 青木氏は,始めに,企業価値という概念がどのように使用されているかを整理され,企業価値を測定する計算式「企業価値=事業価値+非事業価値」を示された。そして,この企業価値から負債価値(有利子負債)を差し引いて株主価値を求め,さらに株主価値を株主資本(資本金・資本剰余金・利益剰余金),評価・換算差額,R&D資産計上額,そして株主価値からこれら3項目を控除した残余であるブランド価値,に区分された。
 次いで,ブランド価値の測定に際して,日本の製造業135社と米国の製造業194社のデータにもとづき,DCF法,モンテカルロ・シミュレーション,リアルオプションなどいくつかの方法によって推計した事業価値と,その理論的問題点を紹介された。そのなかで,抽出された51社について,経済産業省のブランド価値報告書にもとづく「ブランド価値」と,その対応概念である,青木氏が推定された「R&D価値+ブランド価値」とを検討され,両モデルの間には比較可能性が存在しないと言明された。また,企業価値の測定について,統計処理でもって画一的に行うのではなく,企業価値のあいまいさゆえに個別企業の特性を考慮した測定を行うべきとの提言をされた。

統一論題報告(2):山本達司氏「M&Aにおける企業価値 ‐行動ファイナンスの視点から‐」
 山本氏は,日本の経済発展のためには,企業価値を高める重要な手段であるM&Aを円滑に実行できる環境が必要であると述べ,TOBの観点から,日本の株式市場の非効率性を分析された。氏は,株式市場の非効率性を形成する要因として,投資家の心理的要因などの行動ファイナンス的要因と日本独自の株式所有構造である株式相互持合に注目され,それらがTOBの実現にどのような影響を与えるかを,ゲーム理論の手法を用いて分析された。そして,その分析結果を確認するために,北越製紙に対する王子製紙のTOBの事例を紹介された。 山本氏の研究報告の結論は,敵対的TOBとなった場合,市場の非効率性がTOBの大きな阻害要因となり,TOBの成功確率が低下するということである。最後に氏は,インタンジブルズの評価の不完全性によって市場の非効率性が生じていることを指摘され,制度会計の立場からは,市場の効率性を確保するためにインタンジブルズの完全な評価に向けて努力すべきであるが,管理会計の立場からは,インタンジブルズの完全な評価方法を模索するよりも,市場の非効率性を前提として企業は最適行動を考えるべきであると主張された。

統一論題報告(3):古賀健太郎氏「インタンジブルズに関する米国の視点と日本での適用可能性」
 古賀氏は,Roychowdhury and Watts(2007)の文献で示されている株式時価総額の4層構造に関して,経済学をベースとする米国実証研究では,第1層「個別資産の取得原価の合計」と第2層「確認計上される個別資産の経済価値の増加」の合計額である純資産簿価と,株式時価総額との差をもって,無形資産と定義していることを,始めに確認された。そして,無形資産は,第3層「(確認できない)個別資産の経済価値の増加」と第4層「資産の組合せによる経済価値の増大」とに大別できることを説明された。
 次いで,人的資産が無形資産を増大させるプロセスを日米間で比較された。日本では,同プロセスで,従業員間の協働を促す仕組み(暗黙知の共有)があるのに対して,米国では,従業員個人の能力を発揮させる仕組みが強調されていると主張された。こうした文化の違いを映し,米国の管理会計研究では,従業員個人の能力を発揮させる視点から意思決定を誘導する管理会計機能が重視されており,バランスト・スコアカードについても業績評価研究が主流であると述べられた。
管理会計が従業員間の協働を促すという視点は,米国の管理会計研究に欠けている視点であり,日本独特であると強調された。インターアクティブ・コントロールについては,日本の原価企画研究の蓄積は有用であるものの,業績評価が意思決定を誘導する状況では,意思決定支援に有用な情報を従業員が囲い込み,目標の不一致が高まる可能性があることを指摘された。

川島和浩氏 ( 苫小牧駒澤大学 )