自由論題の第3報告は,小山真実氏(神戸大学大学院)による「Ratchet Effect in Teams with Mutual Learning」であった。小山氏は,ラチェット効果に関して,相互学習(mutual learning)があるチームの状況を取り上げ,数理モデルによって分析した。相互学習とは,スキルの低い人がスキルの高い人と働くことによって,スキルの低い人の能力が向上する現象を指す。ダイナミックなアドバース・セレクションのモデルを利用して,小山氏は,相互学習がラチェット効果を緩和することを示した。プリンシパルは,相互学習がスキルの低い人の能力を改善することを知っているので,相互学習が存在する場合,1期目にスキルが低いと申告した人に対する2期目の契約は,改善された能力レベルに基づいて設計されることとなる。したがって,能力のある労働者が最初の期においてあまり能力がないふりをするベネフィットは,相互学習がない場合よりもある場合に,より小さくなる。この結果は,相互学習のあるチームにおいて,ラチェット効果は深刻な問題となりにくいことを示唆している。また,現実の企業の多くで過去の業績をベースに目標が設定される理由を説明している。
海外招聘講演に先立ち,星野優太氏(椙山女学園大学)よりメルコ学術振興財団に関する説明があった。海外招聘公演は,Dennis Fehrenbacher氏(Monash University)による「Reflections on Experimentation in Management Accounting, Information Systems and beyond」であった。Fehrenbacher氏は,管理会計研究における実験研究の可能性について公演した。実務におけるグーグルによるオンライン実験の事例や,学術界における実験研究に対するノーベル経済学賞に関する説明がされた。そのうえで,管理会計研究の研究手法について,実験研究も含め近年では研究手法が多様化していることが指摘された。とくに脳波の測定や,アイ・トラッキング,皮膚反応といった測定技術が,今後の管理会計の実験研究の可能性を広げることが指摘された。また,講演では,アイ・トラッキングを用いた実験研究に関する紹介や,アンカリングに関わる認知バイアスを体験する簡単なクイズもなされた。
■■ 第2報告は、水島多美也氏(中村学園大学)より、「スループット会計における時間に関する一考察」と題する報告が行われた。本報告は、制約理論やスループット会計に関する時間を検証するために、(1)スループット会計においてはどのような時間が使われているのか、(2)TBC(Time Based Costing)にみる時間単位あたりという概念の意味、(3)スループット会計における「Rate」の意味、以上の3点を考察の目的としている。 報告者によれば、制約工程における時間当たりのスループットという指標は、時間やその短縮の問題を考える上において重要な指標であり、これらは製品のプロダクトミックスの決定にも利用されている。報告者は、Corbett [1998]やPreiss and Ray[2000]の理論を用いて、制約理論やスループット会計に関する時間概念に考察を加えている。報告者は、これら先行研究を検証した結果、スループット会計では、制約工程での時間が重要となり、TBCの計算モデルにおいても「時間」概念がプロダクトミックスに有用な情報として用いられていることを言及している。
■■ 第3報告は、西村明氏(九州大学名誉教授・別府大学客員教授)より、「スラックと会計統制モデル―日本製造企業の実態を踏まえて―」と題する報告が行われた。本報告は、報告者の著書『Management, Uncertainty, and Accounting: Case Studies, Theoretical Models, and Useful Strategies』(Macmillan, 2018)のうち、議論の余地が残されていると捉えている「スラック概念」を検討することを目的としたものである。 報告者は、当該スラック概念を考察するにあたって、日本製造企業5社の財務データを用いて、報告者が著書で提案しているCOLCモデル(Comprehensive Opportunity and Lost opportunity Control Model:包括的機会・逸失機会統制モデル)と企業の戦略計画との関連性を分析している。報告では、COLCモデルにおける「機会・リスクを巡るスラックの位置づけ」が示されており、「資金の調達及び運用面」の裏付けを前提とした企業スラックが、持続的成長(長期計画)を行う「探索投資」と、市場競争力(短期的計画)を高める「活用投資」をバランスさせる役割を果たしていることが指摘されている。