大鹿智基(早稲田大学)
日本管理会計学会2020年度年次全国大会(辻正雄準備委員長)が、2020年8月27日(木)~29日(土)の会期で、名古屋商科大学大学院名古屋校(名古屋キャンパス丸の内タワー)を会場として開催された。新型コロナウィルス感染症の全国的な感染の拡がりを背景として、対面での開催が危惧されたものの、参加人数に対して十分なソーシャル・ディスタンスを維持できる会場の確保ができたことと、さらなる感染拡大が見られた場合にオンライン開催へ切り替えられる見込みが立ったことを受けて、対面での開催が決断された。残念ながら、一部の会員の所属機関では出張が制限されており、参加者が例年よりも少なくなってしまう、懇親会が開催できない、というような影響は生じたものの、会員の交流や研究への刺激という点において有意義な場となった。本大会記では、大会の様子の一部を紹介する。
[大会1日目]
常務理事会・理事会をはじめとする諸会議が開催され、昨年度の事業報告、決算、監査報告、今年度の事業計画、予算、さらに学会賞審査委員会からの審査結果などについて、審議・報告がなされた。なお、2021年度年次全国大会の会場が長崎県立大学となったことも報告された。
[大会2日目]
午前中は7会場に分かれて14の自由論題報告からスタートした。その後、オンライン会議システムを利用して、Georgetown University のWilliam and Karen Sonneborn Term Associate Professorships である Jason D. Schloetzer氏による基調講演“Causality in Management Accounting Research”がおこなわれた。より質の高い管理会計研究を目指すため、因果関係を検証する手法の洗練した研究を推進することの必要性が強調された。この「因果関係」というキーワードは、午後の統一論題報告でも繰り返し言及される、当年次全国大会の核となる用語である。
昼食後の会員総会では、事業報告・計画、決算・予算・監査などの審議・報告のほか、学会賞の授与式も開催された。特別賞、功労賞、論文賞、文献賞については今年度該当者なしであったが、以下の2名に対して奨励賞が授与された。
岩澤佳太氏「ジャストインタイム生産方式の導入に伴うミニ・プロフィットセンター制の変化 -水平的インタラクションに注目して-」
牧野功樹氏「中小企業の管理会計研究 -システマティック・レピューによる統合の試み-」
その後に開催された統一論題報告・討論のテーマは「エビデンス・ベースト(Evidence based)な管理会計研究を目指して」であった。まず、座長の安酸建二氏(近畿大学)から解題がなされた。安酸氏は、管理会計研究における「エビデンス」が、「因果関係を主張すること」と「社会(実務)で活用される研究結果を提示すること」の2要素から構成されるのではないか、という提案をされた。さらに、そのために、因果関係を主張するための正しい研究手法を採用することと、管理会計の「成果」を測定するための変数を精査することが大切であると議論を展開された。
続く第一報告として、新井康平氏(大阪府立大学)から「管理会計研究のエビデンス・レベル」というタイトルの下、因果関係を主張することの大切さと難しさについて報告がなされた。新井氏は、データを分析するだけでエビデンス・ベースになるわけではなく、逆向きの因果関係や、欠落変数に起因する擬似相関を検出してしまうことを避けるため、時間的先行性、共変関係、他条件の同一性という3つの条件を満たす分析をおこなうことが大切だと主張した。さらに、3条件をすべて満たす研究手法として介入研究を紹介したうえで、その他の調査手法・研究デザインのエビデンス・レベルを整理された。
第二報告は、濵村純平氏(桃山学院大学)による「エビデンス・ベーストな研究と理論による予測」であった。濵村氏は、理論(数理モデル)、実証、ケースという3つの研究手法の相互補完関係を構築することの重要性を述べられた。そのうえで、産業組織論の観点から構築した数理モデルとして、補完財の関係がある2財が存在する場合に過剰投資が起こるという仮説を提示し、実際にアーカイバル・データを用いた実証分析の結果、仮説が支持されたという例が紹介された。
最後の第三報告として、福嶋誠宣氏(京阪アセットマネジメント株式会社)から、「エビデンス・ベーストな研究の実務に対する有用性」というタイトルで報告がなされた。福嶋氏は、実務家としての立場も持つ研究者として、研究者による研究成果が実務において採用されない原因を追究し、研究者の主張する研究成果があくまで「平均的な分析結果」であるため、妥当な範囲に自社が含まれるのか(研究における分析結果が自社にも適用できるのか)という点と、経済的帰結が存在するのか(自社の業績にプラスになるのか)という点がクリアにならなければ、なかなか実務への応用が難しいだろう、という指摘をされた。
報告の後の討論では、4名から提出された質問用紙に基づく質疑がなされた後、フロアからの追加の質問を含めた活発なディスカッションがおこなわれた。安酸座長のコーディネートの下で、本来のテーマであった管理会計研究の方向性のみならず、若手研究者のキャリア戦略、学会誌の方向性、実務界との相互発展に向けた対応策に関する提案などもなされ、実り多い統一論題報告・討論となった。
[大会3日目]
午前中は、自由論題11報告と、2つのスタディ・グループによる中間報告・最終報告がおこなわれた。その後、特別企画として、辻正雄氏(名古屋商科大学)の司会の下、荻野好正氏(XIB キャピタルパートナーズ(株)シニアアドバイザー、曙ブレーキ工業(株)前副社長)より「企業のオペレーションにおける黄色信号」をテーマとする講演が開かれた。講演では、経営上の「黄色信号」を検知するためにチェックすべき財務・非財務項目について、実務の経験に裏打ちされた提案がなされた。コロナ禍での開催ということもあり、多くの研究者・実務家が企業経営についての危機感を共有する中で、討議者であった伊藤和憲氏(専修大学)および加登豊氏(同志社大学)からも追加的なディスカッションのテーマが提示され、フロアからの質疑も含めて白熱した議論の場となった。
最後に、自由論題15報告がおこなわれ、大会の終了となった。