第35回(2019年度第1回)関西・中部部会 開催記


 日本管理会計学会第35回(2019年度第1回)関西・中部部会は5月18日(土)に近畿大学(大阪府東大阪市,準備委員長・安酸建二)において開催された。当日は天候にも恵まれ,30名前後の参加者があり,活発な議論が展開された。また部会に先立ち,役員会が開催された。部会では,安酸建二氏(近畿大学)の司会のもと,3つの自由論題研究報告及び1つの海外招聘講演が行われた。報告・講演要旨は以下の通りである。


 自由論題の第1報告は,徳崎進氏(関西学院大学)による「イノベーションのための創造性マネジメント:経営人材の創造性開発における経営学、心理学、教育学の融合可能性とその管理会計的展開」であった。徳崎氏は,現代において,イノベーションの重要性がますます大きくなり,またその達成に不可欠な新しい知識や行為を生み出す能力である「創造性」の追求が経営課題となることを述べた上で,合理性を前提に競争優位性の獲得を追求してきた既存のアプローチの限界を指摘している。さらに,創造性をどのように育むのかは,経営管理者への有用な情報と技法の提供を任務とする管理会計を含む経営学諸分野の重要な関心事のはずであるが,本テーマに関連する研究蓄積が十分でないことも指摘した。徳崎氏は,こうした問題意識のもとに,先行する心理学や教育学領域の文献レビューに基づき,特に創造性に着目して,経営人材育成のあるべき姿とその方法論を管理会計の観点から検討を行った。本報告では,「創造性マネジメント」が管理会計の重要かつ喫緊の課題であることが示唆された。

 自由論題の第2報告は,王博氏(京都大学大学院)による「マテリアルフローコスト会計(MFCA)の継続性を促進する取り組み-日東電工(株)VSウシオ電機(株)」であった。王氏は,MFCAは日本企業にも広く普及しているものの,多くのMFCAの適用事例は一時的なものであることを指摘している。しかし,MFCAが目的とする「環境と経済の両立」という目標を達成するためには,継続的なMFCAの適用が不可欠であることも指摘された。王氏は,MFCAを継続している事例として日東電工を,MFCAを継続できなかった事例としてウシオ電機を取り上げ,両社におけるMFCAの適用を比較分析した。その結果,MFCAのサプライチェーンへの広がりとエンジニアリングチェーンへの深掘りが示唆された。

 自由論題の第3報告は,小山真実氏(神戸大学大学院)による「Ratchet Effect in Teams with Mutual Learning」であった。小山氏は,ラチェット効果に関して,相互学習(mutual learning)があるチームの状況を取り上げ,数理モデルによって分析した。相互学習とは,スキルの低い人がスキルの高い人と働くことによって,スキルの低い人の能力が向上する現象を指す。ダイナミックなアドバース・セレクションのモデルを利用して,小山氏は,相互学習がラチェット効果を緩和することを示した。プリンシパルは,相互学習がスキルの低い人の能力を改善することを知っているので,相互学習が存在する場合,1期目にスキルが低いと申告した人に対する2期目の契約は,改善された能力レベルに基づいて設計されることとなる。したがって,能力のある労働者が最初の期においてあまり能力がないふりをするベネフィットは,相互学習がない場合よりもある場合に,より小さくなる。この結果は,相互学習のあるチームにおいて,ラチェット効果は深刻な問題となりにくいことを示唆している。また,現実の企業の多くで過去の業績をベースに目標が設定される理由を説明している。

 海外招聘講演に先立ち,星野優太氏(椙山女学園大学)よりメルコ学術振興財団に関する説明があった。海外招聘公演は,Dennis Fehrenbacher氏(Monash University)による「Reflections on Experimentation in Management Accounting, Information Systems and beyond」であった。Fehrenbacher氏は,管理会計研究における実験研究の可能性について公演した。実務におけるグーグルによるオンライン実験の事例や,学術界における実験研究に対するノーベル経済学賞に関する説明がされた。そのうえで,管理会計研究の研究手法について,実験研究も含め近年では研究手法が多様化していることが指摘された。とくに脳波の測定や,アイ・トラッキング,皮膚反応といった測定技術が,今後の管理会計の実験研究の可能性を広げることが指摘された。また,講演では,アイ・トラッキングを用いた実験研究に関する紹介や,アンカリングに関わる認知バイアスを体験する簡単なクイズもなされた。

文責:北田智久