2010年度 第3回九州部会開催記

2010kyusyu3_1.jpg■■日本管理会計学会2010年度第3回(第32回)九州部会が,2010年11月20日(土)に九州産業大学(福岡市東区松香台)にて開催された(準備委員長:九州産業大学・浅川哲朗氏)。今回の九州部会では,関東からもご参加をいただくなど,17名の研究者や実務家の参加を得て,活発な質疑応答が展開された。

■■第1報告では,福島一矩氏(西南学院大学)より「組織の成長とマネジメント・コントロールの関係性 ‐郵送質問票調査に基づく実証研究‐」と題する研究報告がなされた。Simons[1995]のマネジメント・コントロール(以下MC)のフレームワークに依拠し,組織成長がMCに及ぼす影響とMCが組織業績に及ぼす影響を,上場企業1,435社(有効回答数124社)に対する質問票調査で実証分析している。その結果,次の2点が明らかになった。第1に,組織規模の拡大が,挑戦的な文化の形成を介してインタラクティブ・コントロールの利用を促進させること,直接的に,また分権化の推進を介して,診断型コントロールの利用を促進させることがわかった。第2に,インタラクティブ・コントロールは財務業績の達成度評価を高めるのに対し,診断型コントロールは非財務業績のほうを高めることが確認され,インタラクティブ・コントロールの利用が診断型コントロールの利用を促進させ間接的に非財務業績を高めることも確認された。

■■第2報告では,加藤典生氏(大分大学)・望月信幸氏(熊本県立大学)より,「原価企画に求められる役割期待の多様化―意思決定支援機能が及ぼす業績評価とサプライヤーの疲弊問題への影響―」と題する研究報告がなされた。4社への訪問調査により,現代企業が求める原価企画の機能とその要因を明らかにし,その新たな役割期待から生じる課題を検討している。厳しい経営環境の中で経営資源の選択と集中が求められ,その意思決定に原価企画が必要とされていることが明らかにされた。今後の検討課題として,次の2点が指摘された。1点目は,様々な経済主体が想定される原価企画において中止という意思決定に資する業績評価指標の設定である。2点目は,意思決定支援機能の高まりにより,協働から取引先の選択へと方向が転換される中で,安易な中止がサプライヤーとの関係の悪化のみならず,技術力の向上や既存製品の補修など多方面に負の影響を及ぼすことを考慮する必要性である。

2010kyusyu3_2.jpg■■第3報告は,田坂公氏(久留米大学)より,「原価企画研究の新展開と課題 ‐サービス業への適用可能性‐」と題する研究報告がなされた。報告では,サービス業の原価企画に関する先行研究のレビューを踏まえ,Kotler and Keller[2006]が示しているサービスの特性の一つである「不可分性」(生産と消費が同時に行われること)に着目して,企画・設計段階と量産段階を明確に区別することができないサービス業では,製造業と異なり原価改善と原価企画の区別がつけにくいことが指摘された。そのため,サービス改善のケースでも,ビジネスモデルの差別化が図れている場合,「サービスの原価企画」が適用できる可能性があると主張された。また,サービス業を報告者の原価企画研究アプローチに関連づけた場合,原価低減活動アプローチに位置づけられることも指摘された。

■■第4報告は,出水秀治氏((株)出水・コンピュータ・コンサルティング,ITコーディネーター)より,「中小企業の経営戦略におけるパフォーマンス測定」と題する研究報告がなされた。報告では,日本が欧米に比べ生産性に劣る原因の一つに,戦略の実行格差が中小企業で顕著にみられることが指摘された上で,ITシステムが戦略を管理できることが述べられ,IT利用により戦略成功を導く具体的な方法が示された。報告者の提案する具体的な戦略管理システムは,コマンドステーション,スタッフロボット,集計モニターの3つのサブシステムから構成される「経営戦略補佐官」と呼ばれるITシステムである。また,なぜ日本の経営のIT化が中小企業で遅れているのかを,パッケージやベンダーなど多角的な視点から説明され,将来的に業種や業態の課題に応じた戦略のロジックモデルを構築し提供することができれば,中小企業にも受け入れやすく役に立つものになると主張がなされた。

■■報告者・司会者のご協力のおかげで,4つの報告をほぼ時間通りに進行することができた。そして,それぞれの報告に対しては活発な質疑応答がなされ,充実した部会研究報告会となった。

足立俊輔(九州大学大学院経済学府博士課程)

田尻敬昌(九州大学大学院経済学府博士課程)

2010年度 第3回フォーラム開催記

■■ 日本管理会計学会2010年度第3回フォーラムは,10月23日(土)午後1時より福島大学において開催された。今回のフォーラムは,「中小企業経営と管理会計」という統一テーマに沿って,研究者と実務家が報告を行う興味深いプログラムであった。フォーラムでは,貴田岡信氏(福島大学)の司会のもと,藤井一郎氏(筑波大学大学院・みどり合同経営),奥本英樹氏(福島大学),板倉雄一郎氏(寺田共同会計事務所),佐藤英雄氏(福島信用金庫)の4名が報告を行い,フロアとの活発な議論が交わされた。その後,場所を移して懇親会が行われ,散会となった。

■■ 第1報告:藤井一郎氏

「中小建設業における付加価値基準の活用について」

2010forum3_1.jpg 藤井氏は,最初にわが国の建設業の状況をマクロデータとともに示した後,建設業の特性と課題を述べた。そのうえで藤井氏は,建設業の抱える課題のうち,現状の会計処理に関する課題と人材上の課題とに焦点を当て,その問題点を明らかにしながら,課題解決に向けた提言を行った。会計処理に関する課題では,工事完成基準と工事進行基準とを対比させながら,それらを「期中の業績把握」,「予実管理」,「着地見込み」という3つのタテ軸となる評価視点と「正確性」,「スピード」,「その他の問題点」という3つの横軸となる評価視点によって形作られた9マスのマトリックスによって,それぞれのメリット,デメリットを指摘した。この結果,現状の会計処理上の視点となる工事完成基準および工事進行基準にはそれぞれ一長一短が存在するが,ともにマネジメントの視点からは問題が多く,受注判断や人材のコントロールにおいて誤った意思決定へと導く可能性のあることが指摘された。
評価方式の客観点がほぼ説明できてしまうことなどを指摘した。 藤井氏は,こうした現状の会計処理およびそれによる人材上の課題解決に向けて,新たに「工事別付加価値一覧表」の活用を提唱された。直接原価計算をベースとしたこの「工事別付加価値一覧表」を導入することによって,藤井氏は「期中の業績把握」と「予実管理」が容易になるだけでなく,現場代理人を中心とする人材の動機付けおよび業績評価に大きなメリットが生じることを指摘した。

■■ 第2報告:奥本英樹氏

「中小建設業における財務的特徴と総合評価方式の課題」

2010forum3_2.jpg 奥本氏は最初に,近年,国をはじめ多く地方で建設業における入札制度が従来の指名競争入札制度から市場原理に基づく一般競争入札制度にかわりつつあることを述べたうえで,平成19年度に一般競争入札制度を全面導入した福島県における建設業の状況と一般競争入札制度が抱える問題点をインタビューデータおよび財務データを用いた検証によって指摘した。福島県に本社を置く中小建設業者に対して行ったインタビュー調査による結果では,地方の一般公共土木建設市場が未成熟であること,業者間における経営品質が非均質であること,現行の一般競争入札制度が中小建設業者の適正な競争を導いていないことなどが指摘された。次に,奥本氏は,現行の条件付一般競争入札制度を支える総合評価方式の問題点に関して,福島県建設業協会に所属する243社の財務データとそのうちの40社に対して行ったインタビューデータとによる検証結果をもとに報告した。奥本氏は検証結果に基づき,現行の総合評価方式が企業規模に大きく依存してしまうこと,および建設業界が暗黙裡に保有する業界独自のソフトな情報によって,総合総合評価方式の客観点がほぼ説明できてしまうことなどを指摘した。

■■ 第3報告:板倉雄一郎氏

「中小企業の成長のための財務情報の活用-経営者に必要な情報について-」

2010forum3_3.jpg 板倉氏は,まず,中小企業の現状を各種の資料,データによって述べた後,中小企業会計の動向をわが国における会計ビックバン以降の会計基準の改定,新設などの経緯とともに報告した。そのうえで板倉氏は,企業のグローバル化によってわが国の会計基準がIFRSへと準拠する傾向に対し,そうした会計基準に基づく会計処理および会計情報が中小企業の経営実態とそぐわないことを指摘し,中小企業会計基準の設定が必要であることを提唱した。さらに板倉氏は,会計情報の特性として中小企業経営者にとっては,とりわけ理解可能性と目的適合性が重要であると指摘し,中小企業経営者の戦略的経営に役立つ情報が作成,報告される会計システムの構築が必要であると指摘した。

■■ 第4報告:佐藤英雄氏

「中小企業金融の現状と財務格付けの課題」

2010forum3_4.jpg 佐藤氏は,最初にわが国の金融制度および金融機関の体系を述べ,わが国の金融機関の概要を業態別に金融データによって報告した。次に,佐藤氏は借り手たる企業と貸し手たる金融機関との間の業態を越えた多元的,複合的金融関係を示した後,わが国において欧米と異なり,金融に関する基準が規模を反映しないほぼ同一の基準となっている点を問題として指摘した。さらに,佐藤氏は中小企業向けの貸出状況をデータを用いて詳細に報告しながら,中小企業向け貸出における財務格付けの実態を現実の資料をもとに示された。最後に,佐藤氏は,借り手たる中小企業と貸し手たる金融機関との間に存在する情報非対称性に関して,アンケートデータとともに指摘し,中小企業金融の抱える問題点を明らかにした。

■■ 本フォーラムでは,わが国において決して研究蓄積が豊富であるとはいえない中小企業経営とその実態に対して,4つの興味深い報告がなされた。また,報告後の質疑応答ではすべての報告において活発なやり取りが行われた。とりわけ,第3報告および第4報告では,一般的には入手が困難であろう詳細な実態報告がなされ,フロアも熱気に包まれた。本フォーラムでは4つの報告の後,パネルディスカッションが予定されていたが,各報告中の質疑応答が白熱し,すべての報告が予定時間を超過したため,当該予定がキャンセルされるというハプニングが生じたことも付記しておく。ただし,パネルディスカッションで行われたであろう議論は,懇親会の場で活発になされていたようであり,非常に有意義なフォーラムであったと思われる。

奥本英樹 ( 福島大学 )