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2016年度 第2回フォーラム(第49回九州部会共催)開催記

forum2016-2-1.jpg 2016年7月30日、福岡大学において「管理会計の実務に与えるインパクト」というテーマのもと九州部会との共催で行われた。結城秀彦氏(監査法人トーマツ)、吉原清嗣氏(Development Academy of the Philippines Visiting Fellow,The Vietnam National University Visiting Fellow,京都大学大学院)、宮地晃輔氏(長崎県立大学)の3名から報告が行われ、最後に大下丈平氏(九州大学)を座長にパネルディスカッションが行われた。

■第1報告 結城秀彦氏(監査法人トーマツ)
「管理会計の財務諸表監査に与えるインパクト-管理会計が関連する監査の諸側面-」
第1報告ではまずforum2016-2-2.jpg、管理会計が財務諸表監査においてどのようなインパクトを持っているのかという点について報告された。財務諸表監査にとって管理会計は、会計処理・開示基準としての側面、監査手続における手法の活用としての側面、そしてリスク・アプローチにおける業績評価会計の勘案としての側面があるとし、それぞれについて説明がなされた。
会計処理・開示基準については原価計算基準の実態主義と会計ビッグバン以降のルール主義とで乖離が起こっているが、実態主義で妥当性が判断されていることにより、基準の見直しに対するインセンティブが働かず、GAAPの一部を構成しているとの認知の低下をもたらしているのではないかとの懸念が示された。手法の活用としては重要な虚偽表示を発見する際に、伝統的財務比率分析、キャッシュ・コンバージョン・サイクル、損益分岐点分析・投資の経済性計算などが行なわれていることが説明された。リスク・アプローチにおける業績評価会計の勘案では監査における虚偽表示リスク要因・統制環境としての管理会計のインパクトについてまとめられた。管理会計は虚偽表示リスクを評価する際の統制環境として捉えられ業績評価制度によってインセンティブが発生するために注目する必要があるとした。

■第2報告 吉原清嗣氏(Development Academy of the Philippines Visiting Fellow,The Vietnam National University Visiting Fellow,京都大学大学院)
「日本の地域金融システムの他国への運用可能性について-中小企業の育成と管理会計の視点から-」forum2016-2-3.jpg
第2報告では、中小企業の育成を担ってきた地域金融システムの他国で運用可能性についての研究が報告された。他国への適用可能性を検討するために、日本的金融構造の性質が歴史的に整理され、その後にフィリピン、ベトナムの状況と比較され、日本的金融システムの可能性について発表された。
?日本の金融実務は1997年から2006年ほどまでの間に転換点を迎えたとし、近年では「長期継続する関係の中から、借り手企業の経営者の資質や事業の将来性等についての情報を得て、融資を実行するビジネスモデル」であるリレーションシップバンキングの推進が金融庁主導のもと行われている。しかしながら、京都の地域金融機関ではかねてよりリレーションシップバンキングに取り組んでいた。地域金融機関の幹部によると日本独自の型があり、それは顧客が発展するために援助することであり、信用をつける術を教えたり、顧客に不足するものを教えたりして最終的な行為として貸出があるというようなものであった。そして、そのような金融システムこそ、発展途上のベトナム、フィリピンの発展に寄与する可能性があると主張された。

■第3報告 宮地晃輔氏(長崎県立大学)
「中小製造企業における管理会計の導入実態に関する研究-長崎県佐世保地域での調査を基礎として-」forum2016-2-4.jpg
第3報告では、長崎県佐世保地域に所在する中小製造企業における管理会計の導入実態についての調査研究が報告された。本調査においては、「長期経営計画・中期経営計画・短期利益計画から接続する予算編成が、中小製造企業において実際にどのレベルで行われているのかという点」と「予算管理の中で見られる管理会計とリンクした原価計算が実態としてどのレベルで行われているかという点」を意識して行われた。またデータは九州北部税理士会に所属する税理士法人一法人への訪問調査と佐世保市に所在する機械器具製造企業へのインタビュー調査によって得られたものを用いている。
税理士法人への調査の結果、中小製造業の管理会計導入は実態として脆弱なものであることが示された。中長期の経営計画や短期利益計画を作成している企業は稀であり、製品ごとの原価計算も難しく、目標値を設定したり業績指標を利用したりする経営者も稀であるとの結果であった。一方で、機械器具製造企業への聞き取り調査では社員全員で会計情報を共有し社員のモチベーションを高めたり、予算管理制度を導入していたりと高度な管理会計が導入されていたことが示された。中小企業であっても管理会計能力が高まるパターンとして、代表取締役の会計教育歴や職歴が挙げられた。またこのような好例を地域的に伝播させることの可能性が論じられた。

■パネルディスカッション 大下丈平氏(九州大学)、結城秀彦氏、吉原清嗣氏、宮地晃輔氏
大下丈平氏の司会でパネルディスカッシforum2016-2-5.jpgョンが行われた。まず、大下氏より3報告の総括が行われ、その後にフロアーからの質疑応答を受け付ける方式で進められた。3報告とも、バックグラウンドの違う立場であったが、日本経済の大きなトレンドのもとで、どのような課題があるのかという点で共通しており、このディスカッションでも、管理会計に限定せず、現状の課題に対して我々管理会計研究者はどのように考えるのかという視点から議論をしていきたいとの座長の宣言のもとディスカッションが進められた。3報告とも企業実務の具体的事例が多かったため、フロアーからの質問も多く非常に活発な議論が行われた。

なお、本フォーラムの参加者数は43名であった。

篠原巨司馬 (福岡大学)

2016年度年次全国大会プログラム発送のお知らせ

日本管理会計学会2016年度年次全国大会を、8月31日(水)から9月2日(金)にかけて明治大学駿河台キャンパスにて開催いたします。開催に先立ちまして、大会プログラムを発送いたしましたので、ご確認くださるようお願いいたします。参加を希望される方は、同封の払込取扱票にて8月12日(金)までにお振り込みください。多くの皆様のご参加を心よりお待ち申し上げております。

なお、こちらから、2016年度年次全国大会プログラムのPDFをダウンロードいただけます。

2016年度年次全国大会 大会準備委員会委員長 森 久

2016年度 第1回フォーラム開催記

■■2016年4月16forum2016-1.jpgのサムネイル画像日(土)13時50分,日本管理会計学会2016年度第1回フォーラムが,亜細亜大学において開催された(フォーラム準備委員長:亜細亜大学・大島正克氏)。今回のフォーラムは,「サービス・リエンジニアリング―わが国宿泊産業のインバウンド戦略にフォーカスをあてた考察―」という統一テーマに沿って,研究者と実務家が報告を行うというプログラムであった。
開会にあたり,フォーラム準備委員長である大島副会長から開会の挨拶とともに本フォーラムの統一テーマ決定の経緯の説明があった。引き続き,青木章通氏(専修大学)の司会のもと,伊藤嘉博forum2016-2.jpgのサムネイル画像氏(早稲田大学),庵谷治男氏(長崎大学),橋本明元氏(株式会社王宮 道頓堀ホテル・専務取締役)の3氏の研究報告があり,最後に青木氏をディスカッサントとして,パネルディスカッションが行われた。
本フォーラムは,全国から40名を超える研究者・実務家の参加を得,各報告に対しフロアから活発な質問や意見が出るなど,熱のこもった議論が繰り広げられた。その後,場所を移して懇親会が行われ散会となった。
各先生方の報告の概要は以下のとおりである。

■フォーラム・スケジュール
開会挨拶(13:50-14:00)大島正克氏(フォーラム準備委員長:亜細亜大学)

第1報告 伊藤嘉博氏(早稲田大学)
報告(30分):「宿泊産業におけるサービス・リエンジニアリングの課題」

第2報告 庵谷治男氏(長崎大学)
報告(30分):「サービス・リエンジニアリングとアメーバ経営―宿泊産業の事例にもとづく考察―」

第3報告 橋本明元氏(株式会社王宮 道頓堀ホテル・専務取締役)
報告(30分):「日本を好きになって頂くという使命を持って」

パネルディスカッション&ディスカッサント:青木章通氏(専修大学)
報告者によるDiscussionsおよびQ&A(60分)

■第1報告 伊藤嘉博氏(早稲田大学)
「宿泊産業におけるサービス・リエンジニアリングの課題」
伊藤氏は,日本宿泊産業,とりわけ中小規模の組織が積極的に取り組むべforum2016-3.jpgき課題として,インバウンド戦略の実施を識別したうえで,これを支援するアプローチとしてサービス・リエンジニアリング(SRE:Service Re-Engineering)の基本概念および具体的なサポートツールについて解説され,日本宿泊産業におけるSRE活用の重要性を提案された。
このなかで,伊藤氏は日本における宿泊産業の現状と課題について,中小のホテル・旅館では,特に経営のためのノウハウが欠如していると指摘し,この解決方法としてもSREの活用が有意義であると主張する。
さらに,SREの特徴の一つはサービタリティ(Servitality)であるとし,その概念を提起し,サービスという抽象的な概念を操作可能なものへと転換すべきであると述べ,具体的には,商品としてのサービスの構成要素(サービタリティの3要素)であるクオリティ(Quality),ホスピタリティ(Hospitality),アメニティ(Amenity)の関係において,「Q×H+A(プロセス)=ACbS(結果)」という「ACbS戦略等式」の有効性を提唱した。
このACbSは顧客満足(CF)と同義ではなく,ロイヤルティにつながる深い影響力を秘めたもので,Qの確保なしにHを設計開発しても効果は持続しない。また,Aは即効性があるが,その提供には慎重さが求められると述べた。
最後に,SREの実践をサポートするツールとして,原価企画(VE),BSC(バリュー・ドライバー分析ほか),コンペティターコスト分析,アメーバ経営,サービスABCD(Attribute-Based Cost Deployment)ほかを挙げた。今後の検討課題は「個々のサポートツール有効性の検討,組織の形態,規模などによるSRE実践プロセスの変化の検証,関連組織・団体とのコラボレーションの在り方をサービスサプライチェーンとして体系化するアプローチの探究にある」とし,こうした課題は「宿泊産業に限定されるものではなく,サービス産業全体に共通するものである」とした。

■第2報告 庵谷治男氏(長崎大学)
「サービス・リエンジニアリングとアメーバ経営
―宿泊産業の事例にもとづく考察―」
庵谷氏は,サービス・リエンジforum2016-4.jpgニアリング(SRE)と京セラのアメーバ経営についてレビューを行い,アメーバ経営を「人的・物的および情報面のインフラの整備」をサポートする経営管理システムとして位置づけ,宿泊産業におけるアメーバ経営導入事例に基づき,本研究の目的を,SREの情報インフラとしてアメーバ経営がいかなる役割を果たしうるかを明らかにすることとした。
続いて,2004年にアメーバ経営を導入した「ホテル日航プリンセス京都」における2010ー2014年の5年間に及ぶ調査(早稲田大学清水孝教授との共同調査)に基づき,同社のアメーバ経営が,なぜ京セラのアメーバ経営とは異なる方法を採用しているかついて,組織構造と管理会計の視点から4つの論点を導き出した。
論点1  採算単位の「下位展開」の非採用(組織構造)
論点2 「時間当り採算」の非採用(管理会計)
論点3 「週日次展開」の非採用(管理会計)
論点4 「社内売買」の異なる形式(管理会計)
以上の論点から,「ホテル日航プリンセス京都」では,現場の責任者がサービス提供活動に専念できるようにするために,「価値付加的時間(サービス提供時間)」の安易な削減を回避し,かつ最小限の採算管理実務(事務処理時間など)による採算管理の実現を意図し,京セラアメーバ経営を修正して利用していると考えられると結論づけた。
アメーバ経営は「有する機能を効果的に用いることによって,目標の進捗管理を通じ現場の責任者が『最小コスト』によるサービス提供を意識できるようになる。京セラアメーバ経営を全く同様に導入可能かどうかは導入組織の事業特性に依存する」と指摘し,さらに「アメーバ経営は京セラの事業特性をベースに生成された管理手法であり,事業特性が異なる場合はプロトタイプ(京セラアメーバ経営)からの修正が必要な可能性が高い」と指摘した。
最後に「『サービスコンテンツを最小のコストで作りこむ』ことに対して,アメーバ経営がいかなる役割を果たすかは今回の調査では対象としていない」ので,これについては今後の課題にしたいと述べた。

■第3報告 橋本明元氏(株式会社王宮 道頓堀ホテル・専務取締役)
「日本を好きになって頂くという使命を持って」
橋本氏は,最近,急forum2016-5.jpg成長しているビジネスホテル「道頓堀ホテル」の役員として”おもてなし”の徹底についてのこれまでの経験が語られ,今後のサービス価値の維持・向上を図るためには継続的改善が必要であり,さらに,これまでのホテル業界の固定概念を覆すなどの戦略も必要であると述べた。
日本におけるホテル業界では,海外の旅行会社が日本の仲介代理店を通じて日本のホテルに顧客を紹介し,ホテル側が日本の仲介代理店に手数料を支払うという仕組みになっている。橋本氏は「明確な料金を設定し,安易な値引きはしない」と述べ,他社との差別化を図り,模倣ではなく,自社のオリジナリティを追求することの重要性を強調した。
売上高拡大のための効果的コストの源流管理が必要であるとし,仲介代理店からの価格競争から脱出し,新たな販路の開拓が不可欠であり,異なる商品やサービスを提供することが極めて重要となるが,その役割を従業員が喜んで担うところに当ホテルの成功の鍵があるとした。橋本氏は客層を主に台湾,香港,韓国およびシンガポールなどの東アジアの20歳代後半の女性個人客に絞り込み,販売ルートを海外の旅行会社に特化した。橋本氏は言葉の壁を越え,自分の足で各国の旅行代理店を一軒一軒歩いて交渉し,競合の少ない海外販売ルートを手に入れたことで,国内旅行代理店への支払う手数料を削減させたとした。
また,宿泊客の9割超が外国人であるが,日本では,海外のお客様に特化したサービスを提供するビジネスホテルが無い点に着目し,「ホテルには,宿泊客の思い出作りに徹して日本を好きになってもらう使命がある」とし,効率的サービス価値を明確に識別し,徹底的サービスを提案し続けているとしている。
具体策の一つが19に及ぶ無料サービスの提供である。たとえば,フロントでのおしぼりサービス,飲み物や化粧品の提供,アジア諸国を中心とした外国語対応の観光案内,無料国際電話サービスなどを実施する他,おもてなしとしてラゲッジチェッカーの設置,30ヶ国超の通貨両替手数料無料サービス,ハラールフードの用意など徹底的サービスを実施している。また,海外のお客様に,日本のおもてなしを体験・体感してもらうために,「心に残る想い出」を提供するとともに,平日は着物体験などの日替わりイベントを開催し,日本の伝統文化を味わうことができるようにしている。
その結果,2007年時点では2割であった外国人宿泊率が,2013年には9割超になり,年間客室稼働率は2007年の7割台から9割を超え,3年間で売上高も大幅に増大した。
サービス産業のコストマネジメントの困難性はサービスコストの大半は人件費であることに起因する。コスト削減は直ちにサービスの低下に繋がる恐れがある。橋本氏は「1:1.6,1:1.62,1:1.63」の法則にて人事理念に基づく社員教育と従業員満足を向上させている。全社員に年間20万円の決裁権を委譲,自らが企画段階から参画した時に,2.56倍の効果があるとし,自主性を尊重する経営を図る。この上に自ら共感し共鳴して参画すると4.1倍の効果があると考え,権限委譲の効果による社員のやりがいは企業を超え業界全体の向上という使命感を持つに至るとしている。転職率の高いホテル業界において,当ホテルはこの数年離職はゼロということである。
聴いている側も,橋本氏の熱のこもった話の内容から大いに感激し思わず落涙するほどであった。

■パネルディスカッション
forum2016-6.jpg青木章通氏,伊藤嘉博氏,庵谷治男氏,橋本明元氏
パネルディスカッションは,青木氏の司会とディスカサントの2役によって,進められた。各報告者が発表の要点を述べたあと,青木氏から各報告者に対し,2問ずつ質問が出された。そのあと,フロアから自由に質問を受け,活発なディスカッションが展開された。

■懇親会
17時40分,場所を同会場の2階上の多目的室に移して,懇親会が開催された。30名を超える参加者を前に原田昇会長の挨拶があり,引き続き櫻井通晴専修大学名誉教授による乾杯のご発声ののち,懇談に入った。和やかな歓談ののち,19時15分頃,散会となった。

2016年度 第1回フォーラム開催記

■■2016年4月16forum2016-1.jpgのサムネイル画像日(土)13時50分,日本管理会計学会2016年度第1回フォーラムが,亜細亜大学において開催された(フォーラム準備委員長:亜細亜大学・大島正克氏)。今回のフォーラムは,「サービス・リエンジニアリング―わが国宿泊産業のインバウンド戦略にフォーカスをあてた考察―」という統一テーマに沿って,研究者と実務家が報告を行うというプログラムであった。
開会にあたり,フォーラム準備委員長である大島副会長から開会の挨拶とともに本フォーラムの統一テーマ決定の経緯の説明があった。引き続き,青木章通氏(専修大学)の司会のもと,伊藤嘉博forum2016-2.jpgのサムネイル画像氏(早稲田大学),庵谷治男氏(長崎大学),橋本明元氏(株式会社王宮 道頓堀ホテル・専務取締役)の3氏の研究報告があり,最後に青木氏をディスカッサントとして,パネルディスカッションが行われた。
本フォーラムは,全国から40名を超える研究者・実務家の参加を得,各報告に対しフロアから活発な質問や意見が出るなど,熱のこもった議論が繰り広げられた。その後,場所を移して懇親会が行われ散会となった。
各先生方の報告の概要は以下のとおりである。

■フォーラム・スケジュール
開会挨拶(13:50-14:00)大島正克氏(フォーラム準備委員長:亜細亜大学)

第1報告 伊藤嘉博氏(早稲田大学)
報告(30分):「宿泊産業におけるサービス・リエンジニアリングの課題」

第2報告 庵谷治男氏(長崎大学)
報告(30分):「サービス・リエンジニアリングとアメーバ経営―宿泊産業の事例にもとづく考察―」

第3報告 橋本明元氏(株式会社王宮 道頓堀ホテル・専務取締役)
報告(30分):「日本を好きになって頂くという使命を持って」

パネルディスカッション&ディスカッサント:青木章通氏(専修大学)
報告者によるDiscussionsおよびQ&A(60分)

■第1報告 伊藤嘉博氏(早稲田大学)
「宿泊産業におけるサービス・リエンジニアリングの課題」
伊藤氏は,日本宿泊産業,とりわけ中小規模の組織が積極的に取り組むべforum2016-3.jpgき課題として,インバウンド戦略の実施を識別したうえで,これを支援するアプローチとしてサービス・リエンジニアリング(SRE:Service Re-Engineering)の基本概念および具体的なサポートツールについて解説され,日本宿泊産業におけるSRE活用の重要性を提案された。
このなかで,伊藤氏は日本における宿泊産業の現状と課題について,中小のホテル・旅館では,特に経営のためのノウハウが欠如していると指摘し,この解決方法としてもSREの活用が有意義であると主張する。
さらに,SREの特徴の一つはサービタリティ(Servitality)であるとし,その概念を提起し,サービスという抽象的な概念を操作可能なものへと転換すべきであると述べ,具体的には,商品としてのサービスの構成要素(サービタリティの3要素)であるクオリティ(Quality),ホスピタリティ(Hospitality),アメニティ(Amenity)の関係において,「Q×H+A(プロセス)=ACbS(結果)」という「ACbS戦略等式」の有効性を提唱した。
このACbSは顧客満足(CF)と同義ではなく,ロイヤルティにつながる深い影響力を秘めたもので,Qの確保なしにHを設計開発しても効果は持続しない。また,Aは即効性があるが,その提供には慎重さが求められると述べた。
最後に,SREの実践をサポートするツールとして,原価企画(VE),BSC(バリュー・ドライバー分析ほか),コンペティターコスト分析,アメーバ経営,サービスABCD(Attribute-Based Cost Deployment)ほかを挙げた。今後の検討課題は「個々のサポートツール有効性の検討,組織の形態,規模などによるSRE実践プロセスの変化の検証,関連組織・団体とのコラボレーションの在り方をサービスサプライチェーンとして体系化するアプローチの探究にある」とし,こうした課題は「宿泊産業に限定されるものではなく,サービス産業全体に共通するものである」とした。

■第2報告 庵谷治男氏(長崎大学)
「サービス・リエンジニアリングとアメーバ経営
―宿泊産業の事例にもとづく考察―」
庵谷氏は,サービス・リエンジforum2016-4.jpgニアリング(SRE)と京セラのアメーバ経営についてレビューを行い,アメーバ経営を「人的・物的および情報面のインフラの整備」をサポートする経営管理システムとして位置づけ,宿泊産業におけるアメーバ経営導入事例に基づき,本研究の目的を,SREの情報インフラとしてアメーバ経営がいかなる役割を果たしうるかを明らかにすることとした。
続いて,2004年にアメーバ経営を導入した「ホテル日航プリンセス京都」における2010ー2014年の5年間に及ぶ調査(早稲田大学清水孝教授との共同調査)に基づき,同社のアメーバ経営が,なぜ京セラのアメーバ経営とは異なる方法を採用しているかついて,組織構造と管理会計の視点から4つの論点を導き出した。
論点1  採算単位の「下位展開」の非採用(組織構造)
論点2 「時間当り採算」の非採用(管理会計)
論点3 「週日次展開」の非採用(管理会計)
論点4 「社内売買」の異なる形式(管理会計)
以上の論点から,「ホテル日航プリンセス京都」では,現場の責任者がサービス提供活動に専念できるようにするために,「価値付加的時間(サービス提供時間)」の安易な削減を回避し,かつ最小限の採算管理実務(事務処理時間など)による採算管理の実現を意図し,京セラアメーバ経営を修正して利用していると考えられると結論づけた。
アメーバ経営は「有する機能を効果的に用いることによって,目標の進捗管理を通じ現場の責任者が『最小コスト』によるサービス提供を意識できるようになる。京セラアメーバ経営を全く同様に導入可能かどうかは導入組織の事業特性に依存する」と指摘し,さらに「アメーバ経営は京セラの事業特性をベースに生成された管理手法であり,事業特性が異なる場合はプロトタイプ(京セラアメーバ経営)からの修正が必要な可能性が高い」と指摘した。
最後に「『サービスコンテンツを最小のコストで作りこむ』ことに対して,アメーバ経営がいかなる役割を果たすかは今回の調査では対象としていない」ので,これについては今後の課題にしたいと述べた。

■第3報告 橋本明元氏(株式会社王宮 道頓堀ホテル・専務取締役)
「日本を好きになって頂くという使命を持って」
橋本氏は,最近,急forum2016-5.jpg成長しているビジネスホテル「道頓堀ホテル」の役員として”おもてなし”の徹底についてのこれまでの経験が語られ,今後のサービス価値の維持・向上を図るためには継続的改善が必要であり,さらに,これまでのホテル業界の固定概念を覆すなどの戦略も必要であると述べた。
日本におけるホテル業界では,海外の旅行会社が日本の仲介代理店を通じて日本のホテルに顧客を紹介し,ホテル側が日本の仲介代理店に手数料を支払うという仕組みになっている。橋本氏は「明確な料金を設定し,安易な値引きはしない」と述べ,他社との差別化を図り,模倣ではなく,自社のオリジナリティを追求することの重要性を強調した。
売上高拡大のための効果的コストの源流管理が必要であるとし,仲介代理店からの価格競争から脱出し,新たな販路の開拓が不可欠であり,異なる商品やサービスを提供することが極めて重要となるが,その役割を従業員が喜んで担うところに当ホテルの成功の鍵があるとした。橋本氏は客層を主に台湾,香港,韓国およびシンガポールなどの東アジアの20歳代後半の女性個人客に絞り込み,販売ルートを海外の旅行会社に特化した。橋本氏は言葉の壁を越え,自分の足で各国の旅行代理店を一軒一軒歩いて交渉し,競合の少ない海外販売ルートを手に入れたことで,国内旅行代理店への支払う手数料を削減させたとした。
また,宿泊客の9割超が外国人であるが,日本では,海外のお客様に特化したサービスを提供するビジネスホテルが無い点に着目し,「ホテルには,宿泊客の思い出作りに徹して日本を好きになってもらう使命がある」とし,効率的サービス価値を明確に識別し,徹底的サービスを提案し続けているとしている。
具体策の一つが19に及ぶ無料サービスの提供である。たとえば,フロントでのおしぼりサービス,飲み物や化粧品の提供,アジア諸国を中心とした外国語対応の観光案内,無料国際電話サービスなどを実施する他,おもてなしとしてラゲッジチェッカーの設置,30ヶ国超の通貨両替手数料無料サービス,ハラールフードの用意など徹底的サービスを実施している。また,海外のお客様に,日本のおもてなしを体験・体感してもらうために,「心に残る想い出」を提供するとともに,平日は着物体験などの日替わりイベントを開催し,日本の伝統文化を味わうことができるようにしている。
その結果,2007年時点では2割であった外国人宿泊率が,2013年には9割超になり,年間客室稼働率は2007年の7割台から9割を超え,3年間で売上高も大幅に増大した。
サービス産業のコストマネジメントの困難性はサービスコストの大半は人件費であることに起因する。コスト削減は直ちにサービスの低下に繋がる恐れがある。橋本氏は「1:1.6,1:1.62,1:1.63」の法則にて人事理念に基づく社員教育と従業員満足を向上させている。全社員に年間20万円の決裁権を委譲,自らが企画段階から参画した時に,2.56倍の効果があるとし,自主性を尊重する経営を図る。この上に自ら共感し共鳴して参画すると4.1倍の効果があると考え,権限委譲の効果による社員のやりがいは企業を超え業界全体の向上という使命感を持つに至るとしている。転職率の高いホテル業界において,当ホテルはこの数年離職はゼロということである。
聴いている側も,橋本氏の熱のこもった話の内容から大いに感激し思わず落涙するほどであった。

■パネルディスカッション
forum2016-6.jpg青木章通氏,伊藤嘉博氏,庵谷治男氏,橋本明元氏
パネルディスカッションは,青木氏の司会とディスカサントの2役によって,進められた。各報告者が発表の要点を述べたあと,青木氏から各報告者に対し,2問ずつ質問が出された。そのあと,フロアから自由に質問を受け,活発なディスカッションが展開された。

■懇親会
17時40分,場所を同会場の2階上の多目的室に移して,懇親会が開催された。30名を超える参加者を前に原田昇会長の挨拶があり,引き続き櫻井通晴専修大学名誉教授による乾杯のご発声ののち,懇談に入った。和やかな歓談ののち,19時15分頃,散会となった。

仲 伯維(亜細亜大学・非常勤講師)

2016年度 第1回関西・中部部会 開催記

■■2016年度第1回関西・中部部会が、5月21日(土)に大阪経済大学にて13:10より開催された(準備委員長:三浦徹志(大阪経済大学),準備委員:浅田拓史(同))。関東からの学会員諸氏、実務家の方々の参加をいただいた(院生・学生を含め出席者34名)。3つの自由論題報告と企業講演を行い、いずれも活発な質疑応答があった。

kansai201611.jpg■第1報告は,岡田朋之氏(関西大学会計専門職大学院生)による、「企業価値評価法の一考察―行動ファイナンスから考える意思決定―(試論)」。一般的な企業価値形成・事業価値評価技法とその基礎となっているCAPM(「資本資産(株式・債権)の評価モデル」)を元にした思考に対して、経営判断・投資行動に内在する(可能性のある)アノマリ―(変則性)の体系(行動ファイナンス)に着目して考察が加えられた。伝統的市場観では価格機構によってノイズは市場で合理的に調整されると仮定されているが、現実の経営において資本コストを上回るキャッシュフローをあげようとする企業価値経営観では、リスク予測、市場予測(β)とリスクプレミアム、キャッシュインフローをベースに具体的な事業の現在価値評価を行う。将来業績予測に際しては、不確実性が含まれた独自の経営判断でプレミアムを認識する。非財務情報、情報の非対称性、プリンシパル・エージェント問題等を前提として価格付けが行われるのである。現実の経営意思決定は過去業績延長の判断の上に意思的、創造的な戦略的行動が行われる。
シャープやトヨタなど著名な事例考察により、シナリオ分析等で加味すべき問題としてプロスペクト理論、サンクコスト効果、心の保守性、ギャンブラーのジレンマなど行動心理学の知見による政策判断の特性、偏り(歪み)の見極めの重要性が検討された。

■第2報告は,井上秀一氏(追手門学院kansai201612.jpg大学 経営学部)による「医療機関の管理会計システムとミドルマネジメント―ある地域の中核医療機関を対象とした事例研究―」。医療機関の管理会計システムにおけるミドルマネジメントの機能の重要性に注目し、ミドルマネジメントはどのような役割を、どのようにして果たしているのかについて詳細な検討、分析が行われた。本研究では,医療専門職のミドルマネジメント(例えば診療科部長や看護師長等)がトップとロワーの間でどのように組織内の調整を行っているのかについて焦点が当てられている。先行研究で,医療機関の管理会計システムにおけるミドルマネジメントの役割として,トップから現場への会計的な影響を吸収する「吸収役」,あるいはトッ プと現場の橋渡しを行う「双方向の窓」という 2 つの役割があることが指摘されていることを受けて,医療機関への参与観察をはじめとする精緻なリサーチデザインによるエスノグラフィックなアプローチを採用し,ミドルマネジメントがどのようにして「吸収役」あるいは「双方向の窓」としての役割を果たしながら組織内を調整しているのか,そのプロセスを明らかにした。医療機関の組織的特徴として、専門知識によるアイデンティティが強くこれに基づく専門職集団が形成されることが一般的にみられる。そこでは、効率性・採算性を求める管理会計システムはコンフリクトを生みやすく、また専門職活動は外部の規範がはたらき、医療機関としての目標と専門職集団の目標を一致させることの困難さが指摘されてきた。この、トップが関与できない活動が多くある現実に対して、管理会計のシステムの導入とその運用にミドルマネジメントが果たす役割の重要性と期待が大きいことが首肯される。

■第3報告は、和田淳蔵氏(岡山大学)による「利kansai201613.jpg益管理論―史的分析を踏まえて―」である。 本報告では,『管理・コントロール』の現代的解釈を管理会計の史的過程から探索している。当該『管理』問題を、歴代研究を踏まえ労務管理にはじまる「原価管理」と、財務管理に由来する「利益管理」の系譜に分け、それぞれが付託された機能を考察した上で、両者が管理会計として融合・統合される史的展開を解明。原価計算の要求事由と利益計算のそれが標準化問題を通じて会計的特質を備えた事情を明らかにし、標準原価計算の損益計算への全面適応として予算管理の制度的成立に着目し、この契機を1920年?1930年代末葉の米国における間接費、固定費の管理問題の検討によって詳らかにする。
課題として、標準原価および標準原価計算、予算管理、直接原価計算、投資利益率管理、損益分岐点分析、さらに近年の原価企画、ABC、BSC等の技法を通底する論理の探索を視野に、管理会計の機能的側面である利益管理論の歴史的経緯を探り、副材として標準原価計算を現代管理会計の源流とみて標準原価と予算統制の史的発展過程に焦点を当てる。両者に関連する操業度問題、間接費管理および変動費予算等が考察され、原価管理が科学的管理に端を発する課業管理・生産管理の系譜を引き、予算管理・財務管理機能は会計の本来的属性として損益計算システムにより収益・費用・利益の標準化へと結実した点が示唆される。
論究の里標に標準原価計算の制度的定立者としてG.C.ハリソンの論考を再評価し、利益(予算)管理主導の趣旨を見い出し、管理会計史の観点からの意義を強調する。ハリソン標準原価論により、実は標準原価の計算制度(原価管理機能)としての完成が同時に利益の標準化(予算制度)を招来し、一方、利益の標準化への手法の制度化と差異分析の整備によって原価管理機能を果たす情報属性の役割は後退して、組織的業績管理・評価と責任会計のあり方へ焦点が移る。製造間接費の標準化過程で固定費、変動費の分離、操業度水準変動による原価差異額の賦課対象(操業度問題;生産主体から販売主体時代への移行)、不働費の期間損益計算による解消、管理可能費・不能費の認識など、すでに原価の標準化対象である製造領域の管理機能を超えて、関心は資本効率の問題としての利益の標準化、利益管理論へと向かいつつあったことが論述された。

■企業講演は,井上誠氏((株kansai201614.jpg)中村超硬代表取締役社長)による「先進的な製品応用技術(デバイス・テクノロジ)開発と経営戦略・業績管理―2015IPO―」であった。講演では,大阪府作成の有望企業紹介・プロモーションビデオを上映のうえ,1954操業、1964創設の会社概要および超硬合金の切断加工技術を基礎とした半世紀にわたる特色ある部品製作、実装装置・機器開発と積極的経営展開の歴史を紹介いただいた。
ソニーの技術者出身の中村社長が率いる同社デバイス・テクノロジ開発は、耐摩耗部品事業、超精密研磨による内径測定用ゲージ製作、焼結ダイアモンド加工技術による素材提案、微小ダイアモンド部品を真空吸着し基板に配列させる電子部品吸着ノズルの量産、ダイアモンド粒を加工したワイヤーによるソーラー部品・太陽電池用ウエハーの世界最速切断(スライス)事業、さらに極小ノズルのノウハウを用いた医療機器製造など、シーズとコア技術を川下ニーズに丁寧に応用し横展開していく積極的かつ堅実な営業戦略が推進されていることが了解される。同時に長期にわたってデジタル化の波や景気変動を乗り越えられる「泥臭い事業の嗅覚とチャレンジ精神の重要性」を旨とする経営姿勢、社内の「自由闊達な人材育成方針」、昨年度IPOを成功させ高い評価を得るなどの「積極的な資本政策」等、技術・経営両面の経営努力について熱のこもったお話を伺うことができた。

大阪経済大学 三浦徹志