2011年度 年次全国大会記

統一論題「管理会計研究の現状と課題」

■■■ 日本管理会計学会2011年度全国大会(大会準備委員会長:水野一郎氏)は、2011年10月7日(金)から9日(日)の日程で、関西大学千里山キャンパスを会場として開催された。

2011年度 年次全国大会プログラム 前半  後半

1日目は学会賞審査委員会、常務理事会および理事会がそれぞれ開催された。学会賞審査委員会の厳正な審議の結果、2011年度の学会賞は下記の受賞者の方々に贈られることとなった。統一論題は、日本管理会計学会創立20周年を記念して「管理会計研究の現状と課題」というテーマが設定され、小倉昇氏(青山学院大学)を司会として、2日目の午後に3名の会員の研究報告が、3日目の午後に討論が行われた。

■■ 功績賞
青木茂男氏(茨城キリスト教大学)   古賀勉氏(福岡大学)    坂口博氏(城西大学)

■■ 文献賞
■ 櫻井通晴氏(城西国際大学)
受賞業績: 『コーポレート・レピュテーションの測定と管理 ―「企業の評判管理」の理論とケース・スタディ―』同文舘出版,2011年。

■■ 奨励賞
■ 呉 重和氏(大阪大学大学院)
受賞業績:「報酬契約における非財務指標の役割」『管理会計学』第19巻第1号,2011年3月,35?56ページ。
■ 山口朋泰氏(東北学院大学)
受賞業績:「実体的裁量行動の要因に関する実証分析」『管理会計学』第19巻第1号,2011年3月,57-76ページ。

■■■ 統一論題報告
まず、研究報告に先立ち、司会の小倉氏から、今回の統一論題のテーマ「管理会計研究の現状と課題」についての主旨説明があった。管理会計学会が創立した1990年代は、ABCやABM、EVAやバランスト・スコアカード、原価企画の再評価など、新しい話題が豊富であったが、最近ではマテリアル・フロー・コスティング以外あまり新しい話題がない状況にある。それゆえに2010年代は第2のレレバンスロストの時代を迎えつつあるのかどうかを検討し、もしそうでなければ1990年代以降いろいろな方向に拡張した管理会計がどこに進もうとしているのかを会員の皆さんに考えてもらう場を提供するために、この統一論題のテーマを設定した旨を小倉氏は説明された。

■■ 統一論題報告(1) :伊藤和憲氏(専修大学)「バランスト・スコアカードの現状と課題:インタンジブルズの管理」
伊藤氏は、企業価値創造の重要な部分であるインタンジブルズの管理にバランスト・スコアカードはどのように利用できるのかという問題意識のもと、①人的資産、情報資産、組織資産からなるインタンジブルズの測定と管理をいかにすべきか、②3つのインタンジブルズは因果関係を持たせるべきなのか、それとも個別に検討すべきなのか、③市場創造するような戦略策定を支援するインタンジブルズの構築をどのようにすべきか、という問題提起をされた。伊藤氏は、学習と成長の視点に焦点を絞り、またインタンジブルズの管理と戦略の関係を戦略目標アプローチ、戦略実行アプローチ、戦略策定アプローチという3つのタイプに区分して、それぞれについて事例を紹介し、上記の問題提起の内容を説明された。最終的なまとめとして、①人的資産には人的資産開発プログラムを用いたレディネス評価が効果的であり、これを応用したインタンジブルズ構築プログラムがインタンジブルズの管理に有効であること、②戦略目標アプローチ、戦略実行アプローチ、戦略策定アプローチの3つのアプローチごとに対応するインタンジブルズの管理が異なること、③インタンジブルズの人的資産、情報資産、組織資産は、それぞれに個別に管理するのではなく、因果関係を持たせて管理する必要があること、を示された。

■■ 統一論題報告(2): 窪田祐一氏(大阪府立大学)「組織間コストマネジメント研究の展開」
窪田氏は、約20年が経過してきた組織間コストマネジメントに関連する国内外の先行研究をレビューし、組織間コストマネジメントの研究の展望のひとつとして、製品開発(原価企画)中心の組織間コストマネジメントからサプライチェーン(ビジネスモデル)全体の組織間コストマネジメントへと研究対象を拡大する必要あることを提示された。また、グローバル化によるサプライチェーンの変化、サプライチェーンの複雑化、サプライヤー管理の変化といった日本企業のサプライチェーンの変化を踏まえ、サプライチェーンの競争力を構築・維持するには、組織間コストマネジメントを有効に機能させる必要があり、そのためには、組織間コストマネジメントを戦略的コストマネジメントとして、パートナー選定プロセスを中心とした構造的コストマネジメント、並びに業績評価とマネジメント・プロセスの遂行的コストマネジメントという2側面からの研究課題の解明が求められると主張され、この点が2つめの研究の展望として提示された。

■■ 統一論題報告(3) : 藤野雅史氏(日本大学)「行政経営改革は管理会計研究に何をもたらしたのか」
藤野氏は、公的部門の管理会計研究として、公的部門における近年の行政経営改革の中で登場してきた業績管理と予算編成がリンクされる業績予算を取り上げられ、業績予算には、アウトカム(業績)によって資源配分を決定できず、予算編成の単位と業績測定の単位に不整合があるなどの問題点があるにもかかわらず、業績予算がなぜ推進されてきたのか、また業績予算は行政経営改革の中でどのように機能するのかについて報告された。事例として、日本における業績管理と予算編成のリンクが初めて行われた第1次小泉内閣当時の予算制度改革、および民主党への政権交代後の予算制度改革が紹介された。この2つの予算制度改革の分析を通して、第1に、小泉内閣当時の諮問会議を設置したトップダウンの意思決定による予算編成や政権交代後の予算編成プロセスの公開といった予算制度改革が意図せざる結果として予算編成にかかわるプレーヤの分散化を生みだし、しかもシステムの整備自体が目的化したこと、第2に、業績予算と予算編成のリンクは官僚制多元主義のもとで整備されると同時にそれを強化していき、予算編成プロセスへの内閣や与党議員の直接介入など政治的アカウンタビリティを高めるために動員されたこと、を示された。 これらの報告を受けて、3日目の午後に統一論題の討論が行われた。討論に先立ち、コメンテーターの河田信氏(名城大学)から、管理会計をツールとしての管理会計とマネジメントのしくみ作りとしての管理会計に大別すると、20世紀に多かったのはツールとしての管理会計であるが、21世紀に有効性を持つのはしくみ作りとしての管理会計である点が強調され、3つの報告はしくみ作りという視点からの報告であったとコメントされた。 討論では、戦略の定義の確認、バランスト・スコアカードとマネジメントの関係、業績予算の定義の確認や日本で業績予算は行われているか、などについて質疑応答があった。 最後に、司会の小倉氏は、河田氏が提起されたツールとしての管理会計としくみ作りとしての管理会計の視点から、今回の統一論題の報告と討論が会員の皆さんに今後の管理会計研究の発展を考えてもらう「引き金」になったのであれば幸いであるとまとめられた。

■ なお、次回の日本管理会計学会年次全国大会は、国士舘大学にて開催される予定である。
北島 治(関西大学)

2011年度 第2回企業研究会開催記

2011kigyo_bosch_1.jpg■■ 2011年度第2回企業見学会は、2011年9月11日(日)にボッシュ株式会社寄居工場で行われました。当日は日曜日にも関わらず21名が参加し、工場見学とRPPの改善活動についての講演が行われました。

■■ 見学者を代表して田中雅康先生の挨拶の後、石澤工場長様から「工場長としての思い」等について、お話をお伺いしました。続いて工場の概要についての説明と同社の紹介映像を見てから、実際に工場を見学させていただきました。ご担当者からは、自動車機器の各製造工程だけでなく出荷等を含む工場全体のRPPの改善活動について詳細な説明を受けました。細部まで清掃が行き届いた工場内部の壁やボード等には「改善活動の見える化」が実践されており、参加者は熱心に見学していました。

2011kigyo_bosch_2.jpg■■ 工場見学の後、「RPPの改善活動について」というテーマで、荒谷マネージャー様よりご講演いただきました。従業員全員による改善活動や節電の取組みについて詳しくご説明いただき、理解を深めることができました。ご講演後には工場見学を含めて質疑応答が活発に行われ、ご同席の現場管理者の方々からも即答していただきました。

■■ 最後に園田副会長の謝辞で企業見学会は終了しましたが、参加者はそれぞれに新たな知見を得ることができたと思います。工場見学を快くお引き受けくださいましたボッシュ株式会社寄居工場の石澤工場長様ほか、関係者の皆様に心よりお礼申し上げます。

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岩渕昭子(東京経営短期大学)

2011年度 第1回 リサーチセミナー開催記 共催:日本原価計算研究学会

■■ 2011年度第1回リサーチセミナーは,2011年7月23日(土)に早稲田大学早稲田キャンパス11号館9階913教室において開催されました。 リサーチセミナーは,若手研究者による発表の場として,2002年度から毎年度続けて開催されてきました。今年度は,日本原価計算研究学会との2回目の共催による開催となります。当日の出席者は27名であり,本学会の浅田孝幸会長から開会の挨拶が,日本原価計算研究学会の廣本敏郎会長から閉会の挨拶がありました。当日は,意欲的な研究発表に続いて,建設的なコメントをいただき,参加者との間でたいへん活発な議論が展開されました。

■■ 当日のプログラムは,以下の通り進められました。

● 第1報告14:00~15:20 司会: 横田絵理氏(慶應義塾大学)
▼ 吉岡勉氏(亜細亜大学大学院後期博士課程)
「ホテル産業の戦略管理会計に関する研究」
▼ コメンテーター: 清水孝氏(早稲田大学)
● ティータイム(15:20~15:40)

● 第2報告15:40~17:00 司会: 小林啓孝(早稲田大学)
▼ 福島一矩氏(西南学院大学)
「マネジメント・コントロールによる製品イノベーションの創発」
▼ コメンテーター: 伊藤克容氏(成蹊大学)

2011research1_1.jpg■■ 吉岡勉氏による第1報告では,以下の順序に従って進められ,ホテル産業の戦略管理会計に関する試案が提示された。

1.ホテル産業の現状
2.研究の目的,問題意識
3.先行研究
4.ホテル産業の戦略マップとバランスト・スコアカード
5.今後に向けた課題

吉岡氏は,ホテル経営における戦略の立案・可視化・浸透・カスケード・実践のための共通枠組みが必要ではないかとの問題意識のもと,ホテル産業において広く使用されている財務指標のRevPAR (Revenue Per Available Rooms)に着目し,これと戦略マップ,BSCを結びつけるという試案が提示した。
RevPARは,客室売上/利用可能客室数であり,これは平均客室単価(ADR: Average Daily Rate)と客室稼働率(Occ: Occupancy rate)の積に分解できる。 吉岡氏は,RevPARの向上は,ホテル経営における業績指標の根幹という観点からRevPARを財務の視点における戦略尺度として,顧客満足・顧客維持・顧客獲得という観点から客室稼働率を顧客の視点における戦略尺度として,顧客は”価値”に対して対価を支払うという観点から平均客室単価を内部プロセスの視点における戦略尺度として設定するという試案が提示した。

2011research1_2.jpg▼ コメンテーター(清水孝氏)のコメント
吉岡氏の報告に対し,清水氏は,Revenue ManagementにおけるRevPARの意義について触れた後,RevPARは「尺度」に過ぎず,尺度が設定される以前に戦略が明示され,戦略目標が設定されてそれに適合した尺度が選択されるのであり,尺度が初めにありきではない,その他RevPAR使用に関する注意点を指摘した。また,BSCでは戦略→戦略目標→尺度→目標値→アクションプランへと分解していくのであり,ホテルの戦略によってマップもスコアカードも異なってくるはずであり,こうしたストーリーを考えていく必要があるのではないか,その他の今後の研究に示唆を与えるコメントが提示された。

2011research1_3.jpg■■ 福島一矩氏による第2報告では,以下の順序に従って,マネジメント・コントロールによる製品イノベーションの創発についての実証研究が提示された。

1.イントロダクション(問題意識・研究目的)
2.分析フレームワーク
3.研究方法
4.分析結果と考察
5,インプリケーションと残された課題

福島氏は,従来の研究のサーベイから従来の研究では製品イノベーションのタイプを分別していなかった,マネジメント・コントロールの組織プロセスへの影響を介した製品イノベーション促進・抑制の検討が行われていなかったとの問題意識から,イノベーションを革新的イノベーションと漸進的イノベーションの2タイプに分別し,これらのイノベーションに対するマネジメント・コントロールの直接的影響および組織プロセスを介した間接的影響を実証的に検討することとした。そのために,全国の証券市場上場の製造業に対し,アンケート調査を行い,まず,因子分析によって需要と思われる因子を推定し,これに基づいて共分散構造分析を実施して因子(変数)間の影響関係の推定を行った。その結果,(1)製品イノベーションのタイプにより,(予算管理を用いた)マネジメント・コントロールが製品イノベーションの促進・抑制に与える影響が異なる,(2)(予算管理を用いた)マネジメント・コントロールによって漸進的イノベーションの促進・抑制のバランスをとれる可能性がある,(3)製品イノベーションのタイプを問わず,理念システムは製品イノベーションを促進する効果がある,というインプリケーションが得られたことを示した。

2011research1_4.jpg▼ コメンテーター(伊藤克容氏)のコメント
福島氏の報告に対し,伊藤氏は,問題領域の重要性にもかかわらず,研究蓄積が不十分である領域の研究に取り組み,先行研究に関する網羅的な文献調査を実施した上で,首尾一貫した研究デザインに基づいて質問調査票調査を実施したことを高く評価した。一方で,Simonsの研究枠組みに基づきながら境界システムを対象としなかったことに疑問を提示すると共に,将来の研究では,マネジメント・コントロール概念自体が拡張しているところからSimonsの枠組みに基づくこと自体の検討やイノベーションに関する諸見解とマネジメント・コントロールの影響関係についてより踏み込んだ研究を行ったらどうかとの示唆をした。

小林啓孝氏 (早稲田大学)

2011年度 第2回フォーラム開催記

2011forum2_1.jpg■■ 日本管理会計学会2011年度第2回フォーラムが,2011年7月16日(土)13:00から成城大学において開催された(実行委員長:成城大学教授 塘 誠氏)。今回のフォーラムは,鈴木研一氏(明治大学教授)の司会のもと,境 新一氏(成城大学教授),磯崎 哲也氏(磯崎哲也事務所代表,公認会計士),山田有人氏(大原大学院大学教授 吉本興業監査役),そして川上昌直氏(兵庫県立大学准教授)の計4名から報告が行われた。フロアからも活発な質問が寄せられ,有意義な討議が行われた。その後,場所を移して懇親会が行われ,散会となった。

■■ 第1報告:境 新一氏(成城大学教授)

「感動創造の価値と価格に関する考察-アート・プロデュースの視点から-」

2011forum2_2.jpg 境氏は,アート・プロデュースの視点から感動創造の生み出す価値を反映した価格設定に関する現状と課題について報告された。最近のデジタル・IT技術の進展やソーシャル・メディアの台頭を背景として,産業に活用される発明や技術のみならず,アートの経済的価値が高まりつつある。とりわけアートは社会的な価値づけが重要であるため,保護と普及を一組に考える必要があり,その意味で,知的財産と似た属性を持つとされる。芸術・技術・特許などがアートとして融合し,創造性を発揮しながら文化的・経済的価値を創出するためには,アート・プロデュースという包括的な取り組みが必要であることが指摘された。
感動創造の生み出す価値とその価格の関係性については,多様な価値評価尺度が求められる。従来型の製造業やサービス業と違い,アートに代表される感動創造の生み出す価値については,その価値と価格の関係性の検証が難しいことが特徴とされる。管理会計は,使用価値,交換価値,文化的価値,美的価値,芸術価値,経済的価値,商品価値などの多様な価値評価尺度を包括して,価格と対置できる仕組みの構築について貢献が期待されることが示唆された。

■■ 第2報告:磯崎 哲也氏(磯崎哲也事務所代表,公認会計士)

「起業のファイナンス」

2011forum2_3.jpg 磯崎氏は,日米のベンチャーファイナンス事情の比較検討を通じて,日本のベンチャー界における「生態系」の充実の重要性が指摘された。生態系とはつまり,上場やバイアウトを経験した企業家や,ベンチャー支援をするエンジェルやベンチャーキャピタルなどの投資家,弁護士や会計士などの専門家,CFOやCTOなど鍵となる役員の候補者などのネットワークのことである。日本はアメリカから遅れること四半世紀,1990年代の終わりに証券ビッグバンを迎えるに至った。つまり日本の本格的なベンチャーファイナンスはまだ,始まってから10年少ししか経っていない。ベンチャー企業が活躍する素地を作るためには,良いベンチャー企業の卵が存在するだけではなく,それらを育てる生態系の充実が必要となる。ベンチャー投資は縮小しているように見えるが,ここ10年で日本においてもこの生態系は大きく発達した。米国では,国内市場での成功だけでなく,世界全体での成功に向けたプランがベンチャーキャピタルから求められる。日本においても,楽天やDeNA,グリーのように国内市場で成功を収めたベンチャー企業が世界市場へ進出する動きがあるが,最近では当初から海外市場での活躍を目指すベンチャー企業も出始めている。今後10年で時価総額数千億円以上の企業が10社出てくるようであれば,日本のベンチャーへの関心も好転を期待できるのではないかとの指摘があった。さらに,昨今の米国における上場前後のベンチャー企業の事例を踏まえて,米国におけるベンチャー投資が局所的にバブル気味であることを指摘し,生態系発達のためには「盛り上がり」も重要であることが指摘された。

■■ 第3報告:山田有人氏(大原大学院大学教授,吉本興業監査役)

「製作委員会方式による資金調達の功罪」

2011forum2_4.jpg 山田氏は,映画製作における資金調達について,日米の比較を通じてその現状と課題について整理された。日本の映画製作において採用されることの多い製作委員会方式は,委員会に加入する多数のメンバーから資金調達が可能となり,リスク分散を期待できるメリットがある。しかし一方で,メンバー間の責任・権限関係のあいまいさから,コンテンツビジネス全体の戦略を不明確にし,意思決定プロセスが明示化できない点に課題があることを指摘された。例えば,日本映画はリメーク権ビジネスにおいては多くの原石が存在すると思われるが,製作委員会方式という責任と権限関係があいまいな共同事業体により,海外企業の参入を困難にしている。また,製作委員会のメンバーは出資者であると同時にコンテンツ販売の窓口権を有するため,純粋な出資者の受け入れが困難であること。さらに,製作委員会方式を前提とすると,実積のない新規の参入者が割り込む余地がないことも指摘された(この問題に対してハリウッドにおいては,新規の参入者であっても,完成保証会社との間で完成保証契約を締結することで,銀行からの融資を通じた製作資金の調達を可能にしていることが報告された)。また,日本映画産業の全体的な問題点として,ネット化・成熟化した社会における収益獲得モデルの構築,広告宣伝投資等の意思決定会計の充実,製作予算における管理システム機能の強化の必要性が提示された。

■■ 第4報告:川上昌直氏(兵庫県立大学准教授)

「ビジネスモデルの新たなフレームワーク-実際の変革事例から-」

2011forum2_5.jpg 川上氏は,顧客満足と利益の両立を図るために求められる価値創造について,たざわ湖スキー場の事例を用いながら報告された。第一に,価値創造を図る仕組みの体系化にあたり,事業の仕組みを設計する思考方法としてのビジネスモデルと,結果として形成された事業の仕組みであるビジネスシステムの違いを,明確に認識することの重要性を指摘した。第二に,ビジネスモデルを考えるためには,デザインのフレームワークが必要であることを指摘した。すなわち,顧客価値を創造し,それを実現する提供の仕組み,そして目標とする利益を達成するための体系が必要とされる。その価値創造の鍵は,価値のオーナーである顧客の取り分としてのWTP(Willingness-to-pay)をいかに高めるかにあり,WTPを超えた価格設定は成立しえない。この具体例として,たざわ湖スキー場でのビジネスモデル変革を取り上げた。当該事例は顧客不満足の源泉を探り,コストに見合った形で問題を解消するビジネスモデルがいかに構築されるのか明らかにするものであった。そこでは,価値を保証し,乏しい資源でも実現可能な活動を通じてサービスを実現し,すべての顧客を対象にするのではなく課金対象をずらすことで価値創造を実現するに至ったとのことである。この事例を通じて,価値創造を可能にするための顧客価値創造・利益創出・価値提供の3要因を体系化させたビジネスモデルの構築の必要性が改めて示唆された。

塘 誠 (成城大学)

2011年度 第2回九州部会開催記

■■日本管理会計学会2011年度第2回九州部会が,2011年7月23日(土)に鹿児島大学法文学部にて開催された(準備委員長:鹿児島大学准教授・北村浩一氏)。今回の九州部会は九州新幹線鹿児島ルートの全線開通を記念して,初めて鹿児島での開催が実現することとなった。今回も関東・関西から報告者・参加者を迎えるなど,20名を超える参加者によって活発な質疑応答となった。

2011kyusyu2_1.jpg■■第1報告では,田尻敬昌氏(九州大学博士課程)より「組織スラック形成と利益マネジメントに関する一考察」と題する報告があり,負債選択企業による会計保守主義の採用はビッグバスによる利益マネジメントではなく,救済機能を担う銀行のモニタリング下におけるリストラクチャリング行動の一環であるとの解釈を提示し,会計保守主義として棚卸資産の低価法や固定資産の減損などの条件付き保守主義と研究開発費の即時費用化や加速償却などの無条件保守主義を取り上げ,日経NEEDSによる製造業のサンプルで検証した結果,負債選択企業では条件付き保守主義および無条件保守主義のいずれを採用している場合でも銀行によって成長機会が保証されていることを確認し,財務危機時においても企業は組織スラックを形成できることが主張された。

2011kyusyu2_2.jpg■■第2報告では,木村眞実氏(徳山大学准教授)より「自動車解体業への試案MFCA」と題する報告があり,静脈産業におけるマテリアルフローコスト会計(MFCA)の適用の意義と可能性を検討するために,静脈産業における正の製品と負の製品の定義を示し,静脈産業は動脈産業からの負の製品を正の製品へと転換する生産プロセスを担っているとの理解のもと,静脈産業においてMFCAを導入することによって産業全体におけるリサイクル率が向上することを主張し,実在のある自動車解体業者における数値にもとづいて,静脈産業の生産プロセスへのインプットである負の製品100%からアウトプットとして残る廃棄物などの負の製品はわずか5.6%に過ぎなくなるとの検証結果が提示された。

■■第3報告では,和田伸介氏(大阪商業大学准教授)より「日本とドイツにおける原価計算実践の比較研究 ‐アンケート調査の結果から‐」と題する報告があり,日本とドイツの原価計算実践の現状やその相違に対する文化の影響を検証するために,ドイツの研究者との共同で両国における食品・機械・病院といった業種に属する組織に対して郵送調査やオンライン・アンケートを実施し,原価計算の目的はドイツでは管理会計目的が主であるのに対して日本では財務会計目的にやや重きが置かれていること,原価計算担当者はドイツでは主に大学教育で原価計算知識を習得しているが日本では入社後の実践を通じて習得していること,原価計算担当者の職業的地位や原価計算システムに対する満足度などは日本よりもドイツのほうがかなり高いことなどが紹介された。

■■第4報告では,田坂公氏(久留米大学教授)より「サービス業における原価企画の論点―定義と体系化―」と題する報告があり,サービス業に対する原価企画の適用可能性に関して,先行研究では医療,ホテル,鉄道,およびソフトウエアなどへの適用が検討されてきたことを整理したうえで,これら以外でもサービス業に属する多様な業種における事例の蓄積が求められること,そのなかで製造業における原価企画の重要ツールであるVEに相当するようなサービス業における重要な共通ツールの概念化が進められる必要があること,サービス業の特性のもとではインテグラル型・モジュール型といった部品すり合わせアプローチなど製造業での考え方が適用困難であること,などサービス業における原価企画の定義化に向けた課題を整理された。

■■報告会後は,主催校のご尽力により,桜島と錦江湾を臨む海沿いのホテルで懇親会が開催され,鹿児島の海と山の幸や芋焼酎を堪能するなど大いに盛会となった。

丸田起大 ( 九州大学 )