「年次全国大会」カテゴリーアーカイブ

2010年度 年次全国大会の大会記

統一論題 「コントロール機能としての管理会計」

■■日本管理会計学会2010年度年次全国大会は、早稲田大学を会場として、2010年9月3日(金)から5日(日)までの日程で開催された(大会準備委員長:佐藤絋光氏)。大会の構成は、自由論題報告、記念講演会、統一論題報告、および統一論題シンポジウムであった。大会参加者は総勢308人であった。
1日目は学会賞審査委員会、選挙管理委員会、常務理事会、理事会が開催された。学会賞審査委員会の厳正な審議の結果、2010年度の特別賞は門田安弘氏(目白大学)、功績賞は石崎忠司氏(中央大学)、文献賞は大下丈平氏(九州大学)、論文賞は安酸建二氏(近畿大学)に贈られることとなった。2日目の午後から3日目の午前中にかけては役員選挙の投票が行われ、浅田孝幸氏(大阪大学)が次期会長に選出された。また、2日目の18時からは会員懇親会が大隈ガーデンハウスで開催され、非常に多くの参加者があり盛会であった。

■■自由論題報告
2日目と3日目の午前中には、自由論題報告が行われた。自由論題報告では、総勢55名による44件の報告が行われた。このうち、2日目午前中に6会場で23件、3日目午前中に6会場で21件の報告が行われ、報告者とフロアの間で活発な議論が展開された。なお、記念講演、統一論題報告および討論、自由論題報告の各報告は、日本公認会計士協会の継続的専門研修制度におけるCPE認定研修(CPE認定コード:511199)として承認された。

■■記念講演会
2日目の午後には、伊藤嘉博氏(早稲田大学)を司会として、貫井清一郎氏(アクセンチュア株式会社)により、「企業経営におけるコントロールと管理会計の役割」というテーマで記念講演が行われた。
講演において、貫井氏はまず管理会計のユーザーを意識することが重要であり、管理会計のユーザーは’経営管理者’であると唱えられた。その上で、貫井氏は経営管理者のコントロールという観点から、ストラテジーエクセレンスの要因である「グローバル化」と「サステナビリティ/社会インフラ」への経営者の意志が近年多々見られることを、ユニクロをはじめとした様々な企業の例を取り上げながら、解説を行われた。加えて、ストラテジーエクセレンスにおいて一番重要な力がコラボレーション力であり、コラボレーションを促進するための「共通言語」、「将来情報」、「コミットメント」といった要件に対して、ルール・ロジック・プロセスの標準化などが管理会計に求められていると指摘された。
貫井氏はまた、アクセンチュアの近年のレポートによって、CEOは自社の財務・経理組織にこれまで以上に多くの付加価値をもたらすことを求める一方で、CFOは価値創造を推進させる戦略的業務へより多くの時間を費やすことを望んでいることを指摘された。さらに、CFOはグローバリゼーションがもたらす最大の恩恵は、様々なソーシングの選択肢を活用して地球的規模でさらなる価値創造に役立てられることだと考えていること、競争圧力と経済情勢の影響によって低コストの業務モデル採用が財務・経理組織に急務となっていることを指摘された。加えて、財務・経理において社員がアイデアを共有できる機会が実際には与えられていないなどの、日本企業における財務・経理の人材確保と育成に向けた取り組みの実態を、アクセンチュアのレポートをもとに示された。
以上を踏まえて、貫井氏は、今後の企業の成否を握るのは「(広義の)システム」と「人材」であり、これらに対して、即戦力を生み出す大学教育や、アカデミズムによる『標準』の定義・改訂、継続的な進化のための産学協同が果たす役割は大きいとまとめられて、報告を終了された。

■■統一論題報告
記念講演会に引き続いて、原田昇氏(東京理科大学)を座長として、「コントロール機能としての管理会計」というテーマのもとで、鈴木孝則氏(早稲田大学)、椎葉淳氏(大阪大学)、関口善昭氏(SAPジャパン株式会社)、大下丈平氏(九州大学)の4名による統一論題報告が行われた。

■■統一論題報告(1) : 鈴木孝則氏「内部統制報告制度における情報システムの意義」
鈴木氏は、まず金融商品取引法による内部統制報告制度の導入に対応して、多くの企業で内部統制の整備・運用の一環として、あるいは、これを契機としてITの投資が活発に行われていることを指摘された。また、企業会計審議会の「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の設定について」において、「内部統制の基本的要素」として、COSO(トレッドウェイ委員会組織委員会)の「内部統制の構成要素」5要素に加えて、「IT(情報技術)への対応」が謳われていることも指摘された。このような背景を踏まえた上で、鈴木氏はプリンシパル・エイジェントモデルを用いて、「株主が経営者に営業努力と統制努力の自発的発現を促し、かつ、コンプライアンスのための強制監査に対応する」という均衡が存在するための条件を見出し、その条件下において営業情報システムや統制情報システムが担う役割を調べることを行うと述べられた。
鈴木氏は次に、モデルを用いた分析の結果、まず監査コスト基準が特定の値未満であれば、正の統制努力によって、営業努力の私的コストが通常以上になったとしても、株主に正の期待利得を与えるような均衡が存在することを示された。そして、その均衡の持つ性質のうち、顕著な特徴が期待されるものに関して行った比較静学分析の分析結果を鈴木氏はあげられた。具体的には、企業に導入されている各種情報システムのノイズに極端な差異がないとすれば営業情報システムへの投資を先行させることが無難であること、監査コスト基準値が上昇すると監査コストの増加を抑えようとする株主の意図がインセンティブシステムを通じて経営者に働きかけ、大きな統制努力を引き出すことができること、さらなる規制強化が予測される場合に、すでに規制の進んだ環境にある企業ほど営業情報システムに投資する効果が期待できることなどが示された。これらの結果により、実務の現状を説明(あるいは予想)している可能性のあるいくつかの知見を得られたと最後にまとめられて、鈴木氏は報告を終了された。

■■ 統一論題報告(2): 椎葉淳氏「比較会計制度分析:コントロール機能の一つの分析視角」
椎葉氏は、まず近年のミクロ経済学分野、特に契約理論に基づく研究成果を参照にしつつ、「会計」を比較制度分析と呼ばれる分析手法に従って考察することの重要性について議論した上で、比較会計制度分析と考えることのできるいくつかの研究の紹介をするとし、報告の具体的な内容に入られた。
椎葉氏は、まず制度とは経済活動を行う上で使われる様々な仕組みの総称であり、市場メカニズムだけでなく、法的な制度、慣習、組織、規則など、経済活動を行う上で前提となり、経済活動を規制する全てを含んだものであると定義された。このような制度の組み合わせは経済システムと呼ばれることになる。よって、比較制度分析とは、経済システムの違いがなぜ存在するのか、その違いは解消されるべき性質のものか、それとも多様性から生じる利益が存在するのか、異なるシステムが相互作用する場合にどのような結果がもたらされるのかなどについて体系的な分析を行うものを表すと椎葉氏は定義された。その上で、比較制度分析において、考察対象とする経済システムに会計に関する制度が含まれており、かつ会計に関する制度が含まれた経済システムを考察するときに生じる独自性を考慮している時、そのよう分析が比較会計制度分析とされることを示された。
次に、椎葉氏は比較会計制度分析への道程として、会計の分析手法としてミクロ経済学、特に契約理論がどのように進展してきたのかの説明を行われた。ここであげた契約理論とは、「非対称情報・契約の不完備性の下でのインセンティブ設計の経済理論」と定義される。現在では、契約理論を応用した会計研究は北米における主要な分析的研究の一つであるが、例えば権限委譲を含んだ組織構造の選択や、企業内・企業間での黙示的契約、さらには法律などを外生的に扱っており、それらの問題を同時に考慮することは希とされている。しかしながら、特に管理会計の分野では、他の組織的・戦略的な要因まで含めて原価管理やコスト・マネジメントの問題を考察することや、株価や非財務指標あるいは非金銭的な動機なども考慮して業績評価の問題を考える必要があると言える。 そのため、対象とする問題に対して企業組織において会計を含んだ複数の制度が利用されている場合、その相互関係を考慮して分析する必要がでてくることになり、ここに比較会計制度分析の重要性があると椎葉氏は主張された。このような比較会計制度分析の必要性を示す例としては、コンビニ会計のケースや経営者報酬の実際が取り上げられた。また、比較会計制度分析の研究例として、マネジメント・コントロール、経営者報酬契約と保守主義会計、組織間関係と会計情報の特性、会計基準のコンバージェンス(アドプション)をあげられた。
最後に、椎葉氏は今後の研究の方向性の研究視点として、(報酬契約などの)研究者が注目する制度を中心に、(保守主義会計などの)それに関係する制度を同時に考慮して、その相互関係が(超過報酬などの)パフォーマンスに与える影響について検証することをあげられた。また、今後の研究方法として、方法論としての「組織の経済学」に対する正確な理解をあげられ、理論分析を行う研究者と事例やデータによる分析・検証作業を行う研究者との共同研究の推進を提案されて、報告を終了された。

■■ 統一論題報告(3) : 関口善昭氏「性悪説に基づく内部統制の限界とIT統制の最新事情」
関口氏は、まず、米国の統計によればほとんどの不正が内部統制の不整備または機能低下から発生していることなどをあげて、企業の不正の対策は摘発でなく、兆候を認識した上での早期発見と予防であると主張された。その上で、関口氏は、「経営者によるインターナルのリスク管理」という位置づけに進化してきた近年の内部統制において、その底流に流れる思想は’性悪説’であると強調された。さらに、この’性悪説’は競争力の源泉は人財であるという考え方と矛盾しており、内部統制は従業員の心底からの支持は得にくい状況にあると述べられた。これを踏まえると、人間は生まれながら弱い動物であり、”魔が差す”場合がありうるという”性弱説”に基づき、魔が差さない制度、プロセス、システムを構築し、従業員と家族を守るのが内部統制の本来の目的であるとする方が納得できると関口氏は唱えられた。
次に、関口氏は、SAPによる最新のIT統制では、不正を働く機会を低減させ、性弱説に基づいた魔が差さない仕組みを実現できるようになってきていることを説明された。具体的には、SOD(Segregation of Duty)リスクを低減させるため、財務諸表の信頼性を棄損するリスク並びにそのリスクを生じせしめるよろしくない権限の組み合わせが事前定義・実装されていて、ユーザー1人1人が持つ権限の塊を自動的に突合し、高いリスクが生じている従業員を自動的に洗い出すことができるようになっている。また、是正措置が取られるまでの間にその良くない組み合わせが実行されてしまった場合には、リアルタイムでアラートがシステム管理者に飛ぶ仕組みが出来上がっていること、権限を付与する段階で、本当にこの人にその権限を与えても高いリスクが生じないのかどうかを事前に分析すること、特権ユーザーが権限を行使した場合の履歴管理も可能な体制になってきていることも具体例をもとに示された。
また、関口氏はブッカンのコントロール論のフレームワークについて述べられた。そして、このフレームワークを踏まえた、リスク情報の一元管理、リスク管理から戦略管理へのリスク情報の伝達、財務情報・非財務情報・リスク情報を関連する戦略とリンク付けすること、各戦略の各々の施策(イニシアティブ)毎の達成率・リスク量等を把握することを可能とするSAPの最新ソリューションを説明された。
最後に、管理会計の数字をベースに経営の意思決定や業績評価が行われるので、その数字の正確性、信頼性、網羅性を担保する必要があるのは言うまでもないことであり、それを支えるのが内部統制の役割の1つであると関口氏は指摘された。そして、管理会計は「過去」から「現在」の結果情報に基づいているだけでなく、国際財務報告基準(IFRS)が適用されれば「将来の」見通し情報に基づくことになることを述べられた。ゆえに、将来的にIFRSが適用されれば、経営管理指標と管理会計へのインパクトがでてくることが予想されることから、今後は内部統制に係る学会、諸団体と日本管理会計学会とのさらなる連携が必要になることを主張されて、関口氏は報告を終了された。

■■ 統一論題報告(4) : 大下丈平氏「ガバナンス・コントロールの理念と方法 ‐内部統制論議 を手掛りにして‐」
大下氏は、近年においてコーポレート・ガバナンスの一環として内部統制が世界的に法制化され、それに伴って内部監査の重要性がクローズアップされていること、そうした内部統制の法制化を契機に伝統的なマネジメント・コントロールの領域でもリスク・マネジメントや価値創造の視点から新しいフレームワークの構想があることをまず述べられた。その上で、日・米・仏の国際比較を通して、内部統制を介したコントロール論へのガバナンス概念の包摂とその帰結の意味内容を明らかにしたうえで、ガバナンスをコントロールする可能性を考察することを本報告の目的とすると述べられた上で、報告の具体的な内容に入られた。
大下氏はまず、石油危機以後の日米の経済関係の背景を踏まえた上で、米国ではコーポレート・ガバナンスの要請から1992年にCOSO『内部統制の統合的枠組み』がまとめられたと述べられ、さらにCOSO『内部統制の統合的枠組み』の意義について2つの論点をあげられた。1つ目はマネジメント・プロセスからコントロールと監査の要素(リスクの評価、統制活動、監視活動)を抽出して内部統制を形成させるということであり、2つ目の論点は1つ目の論点であげた内部統制概念がガバナンスをも包み込むというものである。これら2つの論点へのコントロール論の対応について、米国ではコーポレート・ガバナンスを契機とした内部統制論の新展開、内部統制論からリスク・マネジメント論さらにはERM(企業全体リスク・マネジメント)論への展開が見られること、ガバナンス概念はステークホルダー志向、価値概念は株主価値志向になっていることを大下氏はあげられた。これに対し、フランスにおける対応は、内部統制を介したコントロール論へのガバナンス概念の包摂と、リスク管理と価値創造を軸としたコントロール論の新展開が見られること、ガバナンス概念はステークホルダー志向、価値概念は(社会的な)付加価値志向になっていることを大下氏は示された。
次に、大下氏はガバナンス・コントロールの可能性として、内部統制評価と内部監査の新しい展開について述べられた。これは、外部からの内部統制の強制的な制度規定は各企業独自のコントロール・システム(及び監査システム)の設計と運用を要請し、いったん構築された内部統制システムはリスクと価値創造のマネジメントを軸にした「ガバナンスのコントロール」に向かうことになるということである。その上で、大下氏は、米国におけるガバナンス・コントロールの理念は株主・投資家の立場から管理会計論、コントロール論へのあるべき方向を模索する企業価値・株主価値アプローチであり、一方でフランスにおけるガバナンス・コントロールの理念は、米国型の理念を取り入れつつも、取締役会によるCEOへのモニターの支援を通して、企業の利害関係者へのアカウンタビリティの遂行を支援することを目指すものであると述べられた。これら2つの理念は、ともにERMと価値創造マネジメントを支援することを通して、内部からガバナンスをコントロール(規律づけ、支援)するものであると主張された。さらに、2つの理念を前提としたうえで、わが国が現時点において取るべき基本的な方向性は何か、それを支えるガバナンス・コントロールの理念は何なのかという問題提起を大下氏は行った。そのガバナンス・コントロールの具体的な方法の例として、マネジメント・コントロールはコーポレート・ガバナンスの手段として位置づけ、ガバナンスを支援する方向でのコントローラーの役割を拡大することなどを挙げられた。
結びとして、本報告において、大下氏は内部統制の評価とその監査の制度化を機に、伝統的なマネジメント・コントロールの仕組みである「下降3層構造(マネジメント・コントロール・監査)」と、内部統制を解して下降3層構造とつながりつつも、ガバナンス機構の規律付け・支援を行う「上昇3層構造(ガバナンス・内部統制・内部監査)」を抽出したと述べられた。また、内部統制の制度化を契機に、コントロール・管理会計がガバナンスを規律付け、支援する仕組みをガバナンス・コントロールとして提案したと述べられた。さらに、大下氏は、新たに制度化された内部統制こそ外から捉えられたコントロールや管理会計のシステムそのものであり、内部統制の制度化を契機にガバナンスのレベルにおいて、つまり社会的・公共的な視点からもこれらのシステムが活用される可能性が生まれたということを指摘した。加えて、現時点でわが国の政治・財政、経済、社会に持続可能性を与えるための方法としては、知識社会に適した技術革新と新しい産業構造の構築を目指し、経済、社会、政治のバランスの取れた市場社会の形成を進めるしかなく、こうした理念・方策を後押しするために管理会計学・コントロール学からリスクと企業価値創造のマネジメントを支援するガバナンス・コントロールの可能性を提案したと述べられて、大下氏は報告を終了された。

■■■ 統一論題シンポジウム2010zenkoku1_1.jpg

3日目の午後は、原田氏を座長として、鈴木氏、椎葉氏、関口氏、下氏の4名をパネリストに、コメンテイターとして山本達司氏(名古屋大学)を迎えて、統一論題シンポジウムが行われた。 山本氏は、2日目の各報告者の報告の要約と、それぞれの報告内容に対する質問を述べられた。まず、鈴木氏の発表に対して、モデルにおける変数の関係、分析結果のdriving force、統一論題に対するメッセージは何なのかという質問を行われた。椎葉氏の発表に対しては、比較制度分析は契約理論とゲーム理論に大きく依拠しているが、プレイヤーが制度の中で戦略を実行し、異なる制度の社会的厚生を比較するのか、制度改正についての提言はあるのか、管理会計における比較会計制度分析において今後期待される分析方法は何か、コントロール機能として管理会計を考えた場合にどのような制度が重要と考えられるのかといった質問がなされた。また、関口氏の発表に対して、性弱説に立て ば防止できなくて性悪説に立てば検知できるリスクはないのか、そのリスクが重大であるときには性弱説に立つ内部統制は充分なのか、IFRS導入によって不正防止・検知システムにどのような影響が及ぼされるのか、IFRS導入によりコントロール機能としての会計の重要性は高まるのかといった質問を行われた。最後に、大下氏の発表に対しては、日本企業における内部監査は有効に機能しているのか、もしそうでなければどのような改善策があるのか、ガバナンス概念がコントロールに包摂されることによって管理会計が想定する利害関係者に変化があったのか、管理会計においても明示的に株主を第一の利害関係者と意識されるようになったと考えられるのかといった質問がなされた。これらの質問に対する報告者の解答が行われたのち、さらにフロア参加者による質問も行われ、活発な議論が展開された。

■なお、次回の日本管理会計学会年次全国大会は、関西大学にて開催される予定である。

※本大会記は、日本管理会計学会2010年度年次全国大会の研究報告要旨集、各報告の当日配布レジュメ、当日の各報告内容をもとに作成しました。

矢内一利氏 (青山学院大学 )

2009年度 年次全国大会の大会記

統一論題 「インタンジブルズと管理会計」

■■■日本管理会計学会(会長:辻正雄氏,早稲田大学)2009年度全国大会(大会準備委員会長:安國一氏)が,2009年8月28日(金)-30日(日)の日程で,亜細亜大学を会場として開催された。大会の構成は自由論題報告,特別講演,基調講演,統一論題報告,および統一論題シンポジウムであった。また,大会参加者数は210人,報告数は24組であった。
1日目は学会賞審査委員会,常務理事会および理事会がそれぞれ開催された。学会賞審査委員会の厳正な審議の結果,2009年度の学会賞は下記の受賞者の方々に贈られることとなった。

■■ 特別賞
西村明氏(別府大学)

■■ 功績賞
中根滋氏,倉重秀樹氏

■■ 論文賞
山本達司氏(名古屋大学)
受賞業績:「株式所有構造と利益マネジメント」,管理会計学,第17巻,第2号,2009年

■■ 文献賞
■ 荒井耕氏(一橋大学)
受賞業績:『病院原価会計:医療制度適応への経営改革』,中央経済社,2009年
■ 松尾貴巳氏(神戸大学)
受賞業績:『自治体の業績管理システム』,中央経済社,2009年

■■ 奨励賞
■ 潘健民氏(早稲田大学)
受賞業績:「日本企業の実質活動による報告利益管理」,管理会計学,第17巻,第1号,2009年
■ 丹生谷晋氏(筑波大学)
受賞業績:「分権型組織における業績評価システムに関する実証研究」,管理会計学,第17巻,第1号,2009年

■■■ 自由論題報告
2009zenkoku_1.jpg 2日目と3日目の午前中には,自由論題報告が行われた。自由論題では,総勢29名からからなる24組の報告が行われた。報告者とフロアの間で活発な討論が行われ,報告者に対して建設的な研究コメントが提案された。それらの報告内容は,管理会計分野における重要なテーマである原価計算や原価企画から,財務会計や知的財産などの分野を管理会計に融合したものまで,多岐にわたる内容となっていた。研究手法もケース・スタディ,実証や分析モデルなど,多様な手法が用いられていた。また,24組の自由論題のうち,日本とニュージーランドの研究者と院生で構成される研究チームから2組の発表が行われ,それらは,日本管理会計学会が掲げた研究の国際化を象徴するものであった。

2009zenkoku_2.jpg■■■ 特別講演
2日目の午後には,平田正之氏(株式会社情報通信総合研究所 代表取締社長)を迎え,「ICT産業の発展と今後の展望‐情報通信サービスの社会的役割の拡大‐」というテーマで,特別講演が行われた。
特別講演において平田氏は,NTTグループの収入構造に焦点を絞り,豊富な資料とデータを示され,ICT産業(Information and Communication Technology,情報通信技術)の構造的な変革を説明された。
平田氏によると,日本においてICT産業の規模はすでに自動車産業を超えており,ICT産業は市場規模にして約95兆円で,日本の全産業の1割を占めており,GDP成長に対する寄与率が高いことから経済動向に与える影響が大きい産業であるということ2009zenkoku_3.jpgである。また,20年来,ICT産業は劇的な進化を遂げており,ICT産業が提供しているモバイル化,IP化,ブロードバンド化に進展し,通信形態において,固定通信から携帯通信へ,音声通信からデータ通信へとシフトしていったということである。
講演において平田氏は,データを用い,ICT産業の規模の推移,構成,およびNTTグループの売上規模を紹介された。そして,情報通信サービスの契約数の推移,NTTグループの収入構造の変化,固定ブロードバンドサービスおよび携帯電話サービスの動向,携帯電話の通信方式の進展を通して,ICT消費の動向を説明された。なかでも,日本の携帯電話環境はしばしば世界から孤立した「ガラパゴス状態」といわれていることを指摘された。
そして,固定サービス,携帯サービス,融合サービス,MVNO(Mobile Virtual 2009zenkoku_5.jpgNetwork Operator,仮想移動通信事業者),および地域ローカルなどの分野の新しい動向をまとめられ,ICT産業に対する提言を行われた。現状では,日本のICT産業は,インフラと技術は世界において一流と認められつつも,その活用は世界の中でも遅れていると指摘されており,特に,民間企業と比べ,行政・医療・教育機関など公的セクションでの活用が進んでいないといわれているということである。
このような現状に鑑み,平田氏は,(1)CIO(最高情報責任者,Chief Information Officer)の役割の普及・強化およびあらゆる機関・組織に配置・普及,(2)CIOからCICO(最高情報通信責任者,Chief Information and Communication Officer)への進展は不可欠であるということを強調された。

■■■ 基調講演および統一論題報告

特別講演に続き,2日目の午後には,浅田孝幸氏(大阪大学)を座長として,「インタンジブルズと管理会計」というテーマのもとで基調講演と統一論題報告が行われた。

■■ 基調講演
基調講演では,「インタンジブルズと管理会計‐レピュテーション・マネジメントを中心にして‐」というテーマで,櫻井通晴氏(城西国際大学)による基調講演が行われた。 櫻井氏はまず,「インタンジブルズがなぜ管理会計の研究対象として必要なのか」について説明された。具体的に,管理会計の研究対象としてのインタンジブルズの必要性の理由として,(1)企業価値を創造する商品が高い企業価値を創造する無形物の複合体となったこと,(2)インタンジブルズの創造が経営戦略によって決定されること,および?戦略マップなどのツールが用意されてきたことをあげられた。
次に,「管理会計の立場からのインタンジブルズ研究の方向性」について,(1)知的なインタンジブルズと(2)レピュテーションに関連するインタンジブルズの2つの範疇に区分する考察を示された。(1)としては,イノベーションと研究開発,知的資産,ソフトウェア,人的資産・情報資産・組織資産が示され,?としては,ブランド,コーポレート・レピュテーションが示された。また,超過収益力の会計学における扱いが,1980年代までの「のれん」から1990年代の「知的財産」を経て,21世紀には「インタンジブルズ」と変化してきたことが示された。
櫻井氏はまた,コーポレート・レピュテーションの定義として,「経営者および従業員による過去の行為の結果,および現在と将来の予測情報をもとに,企業をとりまくさまざまなステークホルダーから導かれる競争優位」を提示され,その特徴として,(1)ステークホルダーによる評価,(2)経営者と従業員の行為,(3)過去,現在の行為と将来の予測情報,および(4)企業価値を創造するインタンジブルズを提示された。そして,競争優位をもたらすためには,コーポレート・レピュテーションを企業価値を高めるインタンジブルズとして認識し測定することが必要であることを主張された。
さらに,櫻井氏は,「レピュテーション・マネジメントの領域と方法」として,BSC+戦略マップ,内部統制,リスクマネジメント(全社的リスクマネジメント:ERP),CSR,レピュテーション評価と順位づけ,およびレピュテーション監査をあげられた。最後に,インタンジブルズ研究のキッカケや今後の研究について述べられ,報告を終了された。

■■統一論題報告
2009zenkoku_5.jpg統一論題報告では,浅田孝幸(大阪大学)を座長として,「インタンジブルズと管理会計」というテーマのもとで,馬渡一浩氏(株式会社電通総研),岩田弘尚氏(専修大学),および伊藤嘉博氏(早稲田大学)による報告が行なわれた。
第1報告は,馬渡一浩氏(株式会社電通総研)による「ブランド・マネジメント‐レピュテーション・マネジメントとの関係において‐」であった。馬渡氏はまず,ブランドの定義として,(1)商品・サービスの識別化・差別化を意図したシンボルの体系であり,(2)顧客を中心に人々の間で共有される記憶のセットで,人々の認識を肯定し,関連性や行動をドライブする機能を持つものであり,(3)ブランドが記憶のセットとなるためには,様々なコミュニケーションが必要であるということを提示された。そして,そのようなブランドが経営において持つ意味として,(1)有力な関係性資産(インタンジブルズ),(2)企業の中長期のポテ2009zenkoku_6.jpgンシャルであり,継続的な成長への潜在力,(3)継続的な企業価値の向上がブランド・マネジメントの目標という3点を示された。馬渡氏によると,シンボル的な体系を用いるコミュニケーション活動でつくり出される記憶のセットを資産として捉え価値評価したものがブランドエクイティ概念であり,マネジメントにおいてはそれが大変重要であるという。馬渡氏はさらに,ブランド・マネジメントの実際について,実例(企業の実際のウェブ)を用いた説明をされ,レピュテーション・マネジメントの重要性を主張された。馬渡氏によると,戦略レベルでコミュニケーションに係わる役割はこれまでほぼブランドのみが担ってきたが,コミュニケーション環境の変化に伴い,「社会的な共通認識」であり「記憶セットが形成されていくときの経過的な集合知」としてのレピュテーション概念を新たに取り入れ,ブランドとあわせて,より包括的で戦略的な管理を進める必要があるという。2009zenkoku_7.jpg
最後に,馬渡氏はレピュテーション・スコアカード化が目指すべきひとつのゴールであるということを主張され,その例を示された。
第2報告は,岩田弘尚氏(専修大学)による「コーポレート・レピュテーションの測定とマネジメント」であった。岩田氏はまず,コーポレート・レピュテーションに関心が高まりつつあ る理由として,多発する企業不祥事を背景とするリスクマネジメントの重視,コーポレート・ ガバナンスの変化,および純資産と株式時価総額の乖離の説明要因の3点からの説明をされた。次に,コーポレート・レピュテーションの意義について,様々な先行研究を示されたうえで,その定義として,上記の櫻井氏の定義「経営者および従業員による過去の行為の結果,および現在と将来の予測情報をもとに,企業をとりまく
さまざまなステークホルダーから導かれる競争優位」を示された。岩田氏はさらに,コーポレート・レピュテーションの測定手法として,「レピュテーション指数(reputation quotient; RQ)」調査を紹介された。RQ調査は,(1)指名フェーズと(2)評価フェーズから構成されること,RQには6つの領域と20の属性があることが説明され,Fortuneにおける2007年調査の結果が紹介された。その上で,わが国におけるRQの実証分析の結果について説明された。また,岩田氏は,バランスト・スコアカードのレピュテーション・マネジメントに対する役立ちについても言及された。最後にまとめとして,レピュテーション・マネジメントの2面性(1.コーポレート・レピュテーションの測定と2.レピュテーション・ドライバーの管理),本格的な実証分析の必要性,BSCによるレピュテーション・ドライバーの管理,およびインタンジブルズ(管理会計情報)の開示可能性の検討が示され,報告を終了された。
第3報告は,伊藤嘉博氏(早稲田大学)による「CSR活動の経済的価値-マテリアルフローコスト会計革新の可能性-」であった。伊藤氏はまず,問題意識として,CSRが将来の企業価値と社会的価値を生む元になる広い意味での「資本」である一方で,個々のCSR活動と経済的成果(価値)との因果関係を明確に掴むことができないため,それはいわゆる「見えざる資本」であるところのインタンジブルの範疇に属すること,そのようなインタンジブルである以上,CSR活動の経済性評価が避けて通れない課題であることを提示された。伊藤氏は,CSRの主要なファクターのひとつである環境保全の活動の経済的評価のための手法として管理会計手法(マテリアルフロー会計:MFCA)を紹介された。伊藤氏によるとMFCAとは,原材料やエネルギーなどが製造工程のどの段階でどれだけ消費され,また廃棄されているかを物量データと原価データの双方から追跡し,両社の有機的な統合を図ろうとする原価計算手続きであり,廃棄部材のコスト(損失)を分離して把握するものであるという。  伊藤氏は,MFCA導入により期待される経済的効果として,直接的効果,間接的効果,およびマイナス効果を提示された上で,MFCAの課題として,環境管理会計的特徴の強化を図る必要性を主張された。MFCA情報にCO2換算のデータをリンクさせることができれば,企業が推進する環境保全対策の経済的価値と,当該対策がもたらすであろう社会的価値を統合的に斟酌することが可能になるという。そして,実際のケースとして,日本ユニシスにおけるCFP(カーボンフットプリント)情報を統合したMFCA分析の資料とともに,同社のケースを紹介された。
最後に,システムコストの取り扱い方法,物量センターが分割困難なマテリアルコストやエネルギーコストの算定の精密化といった「データ収集・分析にかかわる課題」,ならびに具体的な改善施策の識別にいかにつなげるかという「さらなるシステム拡張への模索」を示され,報告を終了された。

■■■ 統一論題シンポジウム
2009zenkoku_8.jpg3日目の午後は,櫻井通晴氏(城西国際大学)をコメンテータとして迎え,統一論題シンポジウムが行われた。櫻井氏は,2日目の報告者の役割について,平田正之氏(通信産業における無形の資産の増加・無形資産から企業価値),櫻井通晴氏(インタンジブルズとレピュテーションの研究を鳥瞰・統一論題における3先生の報告の意味づけ),馬渡一浩氏(ブランド・マネジメントの立場からするコーポレート・レピュテーション),岩田弘尚氏(コーポレート・レピュテーションの深堀り・今後の実証研究の筋),伊藤嘉博氏(CSRとマテリアルフローコスト会計・原価計算が関与して,多くの研究者はホッとする)の順で整理された。
さらに,詳細な資料とともに,各先生に対して,「ブランドの発展プロセス」,「ブランドやコーポレート・レピュテーションは知的資産か」,「知的資産とレピュテーションの区分」,「認知,イメージ,CR,BE,業績」,および「CSRと財務業績」に関するコメントを求められ,フロア参加者も交えての活発な討議が行なわれた。

■ なお,次回の日本管理会計学会全国大会は,早稲田大学にて開催される予定である。

※本学会レポートは,「日本管理会計学会2009年度全国大会」の研究報告要旨集,各報告の当日配布レジュメ,および当日の各報告を元に作成しております。

潘健民氏 ( 早稲田大学 )

2008年度 年次全国大会の大会記

 日本管理会計学会2008年度全国大会は,甲南大学を会場として,8月29日(金)から31日(日)までの日程で開催された(大会準備委員長:上埜進氏)。
 自由論題報告は,テーマ・セッションやワークショップという形式のもとで,2日目午前中に8会場で22件,3日目午前中に7会場で19件,合計41件の報告が行われた。また,司会者のほかに,報告者に有益な研究改善提案を行う役割とフロア参加者の理解を深める役割を担う討議者が加わり,活発な議論が展開された。
 2日目の特別講演では,淺田孝幸氏(大阪大学)を司会に,林守也氏(株式会社クボタ代表取締役副社長,機械事業本部長)が講演をされた。また,統一論題報告は,原田昇氏(東京理科大学)を座長として,統一論題「インタンジブルズ(intangibles)と管理会計」のもとで,まず,伊藤邦雄氏(一橋大学)が基調講演され,次いで,青木茂男氏(青山学院大学),山本達司氏(名古屋大学),古賀健太郎氏(University of Illinois)の3名が報告された。懇親会は非常に多くの参加者があり盛会であった。
 3日目の統一論題シンポジウムでは,原田氏を座長に,青木氏,山本氏,古賀氏の3名をパネリストに,小倉昇氏(筑波大学)をコメンテーターに加え,活発な議論が行われた。
なお,今回の大会に参加した会員および非会員は総勢で246名(この他に甲南大学大学院生15名の参加)であり,また,すべての報告が日本公認会計士協会からCPE単位の対象に認定された。
以下は特別講演と統一論題報告の要旨である。

<特別講演>
林守也氏「『ドメスティック企業』から『グローバル企業』へ‐経営革新とグローバル化‐」
 林氏は,トラクターやコンバインといった農業機械を取り扱う国内指向の強い会社というイメージが定着しているが,クボタは,実際には,北米市場を中心に欧州市場やアジア市場において事業活動を展開する日本でも有数のグローバル企業に成長していることを始めに強調された。 グローバル化とは,今ある商品を海外に売ることではなく,一つ一つの地域や市場を発見することであり,各国の文化,歴史,経済,ライフスタイルに合わせた商品ないしビジネスを開発・構築することこそがグローバル化であると指摘された。具体例として,日本のトラクターが農機具ではなく家庭の草刈り機械として需要があることを調査したうえで,クボタが北米で富裕層向けの市場に合致する販売戦略を展開してきたことを示された。また,アジアを中心とした新興国の経済発展が加速化していることに鑑み,グローバル化にともなう事業拡大のチャンスを企業革新のチャンスと捉え,企業自ら改革し変化していくことが重要であると主張された。

<統一論題報告>
基調講演:伊藤邦雄氏「インタンジブルズと企業価値」
 伊藤氏は,コーポレートブランド,特許・知的財産権,人的資産・知的資本,IT投資・ソフトウェアなどの企業経営上きわめて重要な無形資産の多くが貸借対照表に計上されないものの,近年それらへの投資額が増大しており,企業価値の決定因子がIT化,サービス化の進展にともなって有形資産から無形資産にシフトしている事実に注目され,無形資産研究の重要性を,始めに指摘された。
 次いで,無形資産を構成するコーポレートブランド(以下,「CB」という。)に着目し,企業価値創造企業(株式時価総額を増大させた企業)はCB価値を増大させること,また,純資産と経常利益を所与としてもCB価値は企業価値を追加的に説明する能力をもつこと,などを定量的な分析結果にもとづいて示された。また,CBをコントロールするためには,CBの「見える化」(測定)が必要であることを強調され,伊藤氏が日本経済新聞社の協力を得て2001年に開発されたCB価値測定モデルである「CBバリュエーター」を解説された。終わりに,真の企業価値は,ステークホルダー(株主,従業員,顧客)の価値の総和である,と主張された。

統一論題報告(1):青木茂男氏「企業価値の意味するもの」
 青木氏は,始めに,企業価値という概念がどのように使用されているかを整理され,企業価値を測定する計算式「企業価値=事業価値+非事業価値」を示された。そして,この企業価値から負債価値(有利子負債)を差し引いて株主価値を求め,さらに株主価値を株主資本(資本金・資本剰余金・利益剰余金),評価・換算差額,R&D資産計上額,そして株主価値からこれら3項目を控除した残余であるブランド価値,に区分された。
 次いで,ブランド価値の測定に際して,日本の製造業135社と米国の製造業194社のデータにもとづき,DCF法,モンテカルロ・シミュレーション,リアルオプションなどいくつかの方法によって推計した事業価値と,その理論的問題点を紹介された。そのなかで,抽出された51社について,経済産業省のブランド価値報告書にもとづく「ブランド価値」と,その対応概念である,青木氏が推定された「R&D価値+ブランド価値」とを検討され,両モデルの間には比較可能性が存在しないと言明された。また,企業価値の測定について,統計処理でもって画一的に行うのではなく,企業価値のあいまいさゆえに個別企業の特性を考慮した測定を行うべきとの提言をされた。

統一論題報告(2):山本達司氏「M&Aにおける企業価値 ‐行動ファイナンスの視点から‐」
 山本氏は,日本の経済発展のためには,企業価値を高める重要な手段であるM&Aを円滑に実行できる環境が必要であると述べ,TOBの観点から,日本の株式市場の非効率性を分析された。氏は,株式市場の非効率性を形成する要因として,投資家の心理的要因などの行動ファイナンス的要因と日本独自の株式所有構造である株式相互持合に注目され,それらがTOBの実現にどのような影響を与えるかを,ゲーム理論の手法を用いて分析された。そして,その分析結果を確認するために,北越製紙に対する王子製紙のTOBの事例を紹介された。 山本氏の研究報告の結論は,敵対的TOBとなった場合,市場の非効率性がTOBの大きな阻害要因となり,TOBの成功確率が低下するということである。最後に氏は,インタンジブルズの評価の不完全性によって市場の非効率性が生じていることを指摘され,制度会計の立場からは,市場の効率性を確保するためにインタンジブルズの完全な評価に向けて努力すべきであるが,管理会計の立場からは,インタンジブルズの完全な評価方法を模索するよりも,市場の非効率性を前提として企業は最適行動を考えるべきであると主張された。

統一論題報告(3):古賀健太郎氏「インタンジブルズに関する米国の視点と日本での適用可能性」
 古賀氏は,Roychowdhury and Watts(2007)の文献で示されている株式時価総額の4層構造に関して,経済学をベースとする米国実証研究では,第1層「個別資産の取得原価の合計」と第2層「確認計上される個別資産の経済価値の増加」の合計額である純資産簿価と,株式時価総額との差をもって,無形資産と定義していることを,始めに確認された。そして,無形資産は,第3層「(確認できない)個別資産の経済価値の増加」と第4層「資産の組合せによる経済価値の増大」とに大別できることを説明された。
 次いで,人的資産が無形資産を増大させるプロセスを日米間で比較された。日本では,同プロセスで,従業員間の協働を促す仕組み(暗黙知の共有)があるのに対して,米国では,従業員個人の能力を発揮させる仕組みが強調されていると主張された。こうした文化の違いを映し,米国の管理会計研究では,従業員個人の能力を発揮させる視点から意思決定を誘導する管理会計機能が重視されており,バランスト・スコアカードについても業績評価研究が主流であると述べられた。
管理会計が従業員間の協働を促すという視点は,米国の管理会計研究に欠けている視点であり,日本独特であると強調された。インターアクティブ・コントロールについては,日本の原価企画研究の蓄積は有用であるものの,業績評価が意思決定を誘導する状況では,意思決定支援に有用な情報を従業員が囲い込み,目標の不一致が高まる可能性があることを指摘された。

川島和浩氏 ( 苫小牧駒澤大学 )