2021年4月17日
2021年度第1回フォーラムは、2021年4月17日(土)14時から17時に成蹊大学において開催されました。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、検温、マスク着用、ソーシャルディスタンスの確保といった十分な対策を行ったうえで、対面形式にて開催され、当日の参加者は40名程度でした。伊藤克容氏(成蹊大学)の司会により進められ、日本管理会計学会・副会長の﨑 章浩氏(明治大学)の開会の挨拶により開始されました。2つの特別講演と1つの研究報告が行われました。特別講演(1)は弘子ラザヴィ氏(サクセスラボ株式会社代表取締役)、研究報告は飯塚隼光氏(一橋大学商学博士)、特別講演(2)は小川康氏(インテグラート株式会社 代表取締役社長)でした。特別講演(1)につきまして、弘子ラザヴィ氏は昨年より対面でのご講演および活発な議論の実施を望んでいらっしゃいましたが、新型コロナウイルス感染拡大による渡航制限期間のため、録画講演となりました。いずれの講演および研究報告におきましても、フロアからもコメント・質問が多くあり、活発な議論が行われました。
特別講演(1) 弘子ラザヴィ氏(サクセスラボ株式会社代表取締役)
報告論題:カスタマーサクセスとは何か:日本企業にこそ必要な「これからの顧客との付き合い方」
第1報告では、デジタル時代に求められるカスタマーサクセス視点のPL(損益計算書)について、まず「デジタル化の本当の意味」として、モノ売り切りモデルからリテンションモデルへのシフトが不可逆的に生じていることについて説明されました。リテンションモデルの定義として以下の4点が挙げられました。
1.利用者が日常的・継続的にそのプロダクトを利用し、モノの所有に対して
ではなく成果に対して対価を払う。
2.利用者が、いつでも利用を止める選択権を持ち、かつ初期費用が非常に少
なくてすむ。
3.利用者が、それ無しでは生活や仕事ができない・使い続けたいと断言でき
るほど明らかにプロダクトが常に最新・最適化され続ける。
4.利用者が、自分が嬉しい成果を得られるならば、自分の個人データをプロ
バイダーが取得することを許す。
音楽ストリーミングサービスを例に挙げ、従来のモデルとリテンションモデルの違いを説明しています。次に「リテンションモデルの本質」として、カスタマーサクセスに焦点を当て、その本質について、従来の「何を/what起点」からリテンションモデルとしての「誰に/who起点」にシフトしたことを解説しています。続いて、本題の「カスタマーサクセス視点のPL」について、リテンションモデル事業の典型的な収支構造を取り上げ、その要諦を3点にまとめています。
1.成長の基盤が見える。
2.成長の方程式が見える。
3.利益ある成長が見通せる。
総括として、現行のPLとカスタマーサクセス視点のPLを比較して議論を展開し、カスタマーサクセス視点のPLでは、将来の成長を重視し、カスタマーに成功を届けるための目的別コストを集計し、カスタマー軸の収支に重点を置くといった要点が整理されました。以上の議論により、カスタマーサクセス、すなわちWho起点の経営が必須であるとの指摘のもと、デジタル時代に求められるカスタマーサクセス視点のPLについての要点から、現行のPLがいかに有用性を喪失しているかという点について警鐘をならしています。
研究報告 飯塚隼光氏(一橋大学商学博士)
報告論題:シンプル管理会計の研究
第2報告では、中小製造業に属するX社に対するインタビュー調査の結果を出発点とし、事例研究により、同社における管理会計実践の特徴に焦点を当て、シンプル管理会計の意義について明らかにしています。X社は厳しい市場環境の中で生き残り続けており、数々の賞を受賞するほど、安全性の面で品質が高く評価されています。日本の一部の地域で製造が集約されているものの、世界的に販売され、売上の6割を海外への輸出が占めているという特徴を持つ企業であると紹介しました。またX社は、高品質の製品を製造しているにもかかわらず、安全性能の追究において、理想実現のためコストをかけることを惜しまず、製品の価格設定において一定の原価率を設けているという特徴があり、販売子会社における予算編成についても特徴があります。このようなX社における非常に単純な管理会計手法を「シンプル管理会計」と称することにより、シンプル管理会計という視座に立って研究をすることの意義として、つぎの2点を明らかにしています。つまり、飯塚氏は、管理会計に本当に求められているものは何か、ということにくわえ、今まで切り捨てられてしまったような事例にも着目することができるといった点を指摘しています。本研究の貢献として、シンプル管理会計を、企業にとって必要な管理会計をシンプルに表現したものと捉えたうえで、事例の解釈により、シンプル管理会計の視点を示せたこと、および管理会計に対して本質的に何が求められているかという考察に対する糸口を示すことができたと説明されました。
特別講演(2) 小川康氏(インテグラート株式会社 代表取締役社長)
報告論題:DDP仮説指向計画法の意義
第3報告では、不確実な事業から高いリターンを得ることを目的とする経営管理手法である仮説指向計画法(DDP: Discovery-Driven Planning)を取り上げています。具体的には、小川氏のMBA海外留学の経験談も添えながら、DDPの活用実績およびインテグラ―トにおける普及に関する取り組みについて紹介し、DDPの意義について議論を展開しています。DDPの概念について、事業開始前から完了までの計画を練り上げ、その通りの実行を目指すといった従来のマネジメントではなく、まずゴールを設定し、変化に対応しながら軌道修正を繰り返すことによりゴールを目指すという手法であると説明しています。また、事業計画は仮説で構成されていることを確認し、ゴールの達成に必要な条件は外れるものであると受けとめ、その外れに対応して事業計画を柔軟に修正する必要があることを明確にしました。このように、予測の根拠は外れるという現実的な問題を解決するために、DDPは企業内部・外部の変化に迅速に対応する組織プロセスの運用を支援する働きをもつことが紹介されました。DDPは仮説(予測の前提)を外れていくものと考えて、仮説の修正を継続することによって、事業の成功確率を高める手法であるという認識のもと、DDPはインテグラ―トが提供するソフトウェア、コンサルティング、人材育成プログラム等により、多くの日本企業で活用されていることが紹介されました。具体的には、仮説を可視化し、情報共有し、かつ時系列に履歴を取ることによって仮説の変化を示すソフトウェアはマネジメントコントロールやリアルオプションの実践と親和性が高いとしたうえで、ソフトウェアを補完する形でコンサルティングと人材育成研修が行われていると紹介されました。報告の総括として、DDPの意義について、以下の3点がまとめられました。
1.予測に基づく、新たな意思決定を促進する。
2.財務数値の結果報告を待つよりも、対策行動が早くなる。
3.透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みの充実。
以上の議論により、DDPの意義をふまえたうえで、経営管理の範囲を、実績だけでなく予測を含む未来方向に拡張し、不確実な時代に企業の中長期の成長を支援することにあると総括しています。