「管理会計の日」記念フォーラム開催記

 日本管理会計学会「管理会計の日」記念フォーラムは,2026年9月13日(日)14時00分から16時50分まで,専修大学神田キャンパスにおいて対面形式で開催された。今回,第2回目の「管理会計の日」フォーラムは「渋沢栄一の経営思想の探求と継承」をテーマとし,フィランソロピー,企業経営,経営学,そして富岡製糸場における経営管理という異なる視角から,渋沢栄一の経営思想が多面的に探求された。開会にあたり,本学会会長 伊藤克容氏(成蹊大学)より挨拶が行われ,奥倫陽氏(東京国際大学)の司会によりプログラムが進行した。

伊藤克容氏

奥倫陽氏

 

〔フォーラム開催の趣旨と経緯〕
 スタディ・グループ「管理会計の先駆者としての渋沢栄一の研究」の研究代表である水野一郎氏(関西大学名誉教授)より,フォーラム開催の趣旨と経緯について説明がなされた。水野氏は,2023年に9月13日が「管理会計の日」として制定された経緯を紹介した。この日付は,渋沢栄一の経営思想を代表する『論語と算盤』の初版刊行日である1916年9月13日に由来する。昨年のテーマ「渋沢栄一の経営思想の意義と継承」から,本年は「意義」を「探求」へと改め,渋沢の多様な側面や活動に光を当てることによって,その豊かな経営思想をより深く捉えることが企図された。

 また,会場となった専修大学と渋沢家との関わりについても紹介された。渋沢栄一の次女・琴子と結婚した坂谷芳郎は,大蔵大臣,東京市長,貴族院議員などを歴任するとともに,1924年から1934年まで専修大学第2代学長,1934年から1941年まで同大学初代総長を務めた人物であり,竜門社理事長としても渋沢の経営思想の継承に関わった。このような歴史的な縁を有する専修大学を会場として,渋沢栄一の経営思想を改めて探求する本フォーラムが開催されたことにも意義が見いだされた。

 さらに水野氏は,渋沢を,論語に基づく健全な倫理観と計数管理とを結びつけた「管理会計の先駆者」と位置づけるとともに,その経営思想が渋沢一代にとどまるものではなかったことを指摘した。とりわけ,次世代経営者の育成を担った竜門社や,労資協調と労使関係の近代化を目指した協調会の活動に着目し,渋沢亡き後,その理念や活動がどのように戦中・戦後へと受け継がれていったのかが示された。そこでは,渋沢敬三,明石照男,石坂泰三,植村甲午郎,諸井貫一をはじめ,戦後日本の経済界を担った歴史上の人物たちの活動が紹介され,竜門社や協調会を通じて形成された人的・思想的な系譜が,戦後の日本的経営の発展にもつながっていったことが提示された。こうした「継承」の側面を視野に入れることによって,渋沢栄一の経営思想を歴史上の一個人の思想として捉えるのではなく,後世の経営者や組織へと受け継がれていく経営思想として検討することが,本フォーラムのもう一つの重要な趣旨として示された。

水野一郎氏

 

〔特別講演〕
◎講演者:木村昌人氏(東アジア文化交渉学協議会理事・元渋沢栄一記念財団研究部部長・研究主幹)
◎講演題目:渋沢栄一とフィランソロピー

 木村氏は,渋沢のフィランソロピーを,①福祉社会作り,②人材育成と教育,③地域の持続的成長,④国際交流の促進,⑤宗教への支援という五つの領域から捉え,これらの活動を支えた基本的な考え方として「論語と算盤」「民主化」「合本主義」を提示した。「論語と算盤」とは,道徳と経済を対立させるのではなく,正しい道理や倫理に基づかない富は長続きせず,他方で経済的な豊かさがなければ道徳の実践も困難になるという,両者を不可分のものとして捉える考え方である。また,「民主化」については,自主,平等,参画,熟議,公論を重視し,身分を越えて人々が自由に参加し,議論を通じて公益を追求する社会を目指すものとして整理された。さらに「合本主義」は,公益を追求する使命や目的のために,最適な人材と資本を集めて事業を推進する考え方として位置づけられた。

 木村氏は,こうした思想を具体的なフィランソロピー活動との関係から検討した。福祉の領域では,経済活動によって豊かな社会を形成する一方,格差の拡大によって困窮する人々を救済する必要があり,「官」だけではなく「民」が協力して公益を担うことの重要性が示された。教育についても,商業教育,女子教育,児童への教育,漢学教育,農業教育,国際交流など幅広い活動が取り上げられ,公益を担う「民」を育成することが渋沢の社会構想において重要な位置を占めていたことが示された。また,地域の持続的成長については,都市と地方の均衡や協力,地域のインフラ整備や商業会議所を介した事業ネットワークの形成が論じられた。

 さらに,渋沢が20世紀初頭に4度にわたり米国を訪問し,企業経営だけでなく,政治,外交,文化,教育,思想,宗教などを幅広く観察していたことにも言及された。なかでも,実業家が私財を投じ,政府や地方自治体だけでは担いきれない公益事業を支える米国のフィランソロピーに強い関心を寄せていたことが紹介された。その一方で,西洋の思想や制度をそのまま導入するのではなく,日本の儒教,神道,仏教などとの関係を考慮しながら受容していた点も指摘された。

 国際交流についても,排外主義ではなく国際主義の立場から,実業界による民間外交,国際的な情報発信,災害救援などに取り組んだことが示された。加えて,宗教そのものへの帰依とは異なる立場から,社会的活動を担う宗教者・宗教団体への支援を行ったことも,渋沢のフィランソロピーの一側面として取り上げられた。講演の最後には,国家財政に制約がある21世紀において,「民」が主体となり「官」と協力して社会を形成すること,さらに経営者が寄付や慈善活動を先導することの重要性が示され,渋沢の思想を現代社会の課題と結びつけて考える視座が提示された。

 

木村昌人氏

 

〔パネル・ディスカッション〕
 水野氏をモデレーターとして,「渋沢栄一の経営思想の探求と継承」をテーマとするパネル・ディスカッションが行われた。

 最初に,トレードマークであるシルクハットを被って登壇した坂本久氏(株式会社渋沢 代表取締役社長)から,「株式会社渋沢の経営理念と取り組み」について報告がなされた。株式会社渋沢は,埼玉県本庄市に本社を置き,高齢者・障がい者福祉施設,賃貸マンション,戸建賃貸住宅,一般住宅,倉庫,工場等の企画・設計・施工を手掛ける建設会社である。とりわけ福祉施設の建設に強みを有し,高齢者施設・障がい者施設を合わせて183棟・3,724室の建築実績を有するなど,北関東トップクラスの実績を積み重ねていることが紹介された。

 坂本氏からは,はじめに渋沢家の家系図をもとに,渋沢栄一と株式会社渋沢との関わりが紹介された。同社は,渋沢栄一の父・市郎右衛門(元助)の叔父にあたる渋沢龍助(仁山)の系譜につながる家系を背景として創業された会社であり,渋沢栄一が掲げた「論語と算盤」の精神を今日の企業経営に生かしている。同社では,「論語」を道徳・倫理,「算盤」を経済・利益と捉え,そのいずれかを選ぶのではなく,両者を「両立させる」ことを経営の基本に据えている。具体的には,「お客様の利益を優先」することを経営理念の中心に置き,お客様の満足と信頼を通じて会社の利益を確保し,それを地域・社会へ還元するという考え方が示された。

 こうした理念は,同社の事業展開にも一貫している。創業以来,賃貸マンションや戸建賃貸住宅による土地活用から,高齢者・障がい者施設,医療施設,幼児施設,商業施設,倉庫などへと事業領域を拡大してきた。坂本氏が示した「変わったのは商品。変わらなかったのは考え方。」という言葉は,社会環境や顧客ニーズの変化に応じて事業を変化させながらも,その根底にある経営理念を継承してきた同社の歩みを端的に表すものであった。さらに,利益の社会への還元として継続的な寄付や社会貢献活動に取り組むとともに,人材育成やDXも積極的に推進していることが紹介された。

 報告の最後には,「論語」として,顧客,社員,地域を大切にし,誠実な仕事と社会貢献を追求する一方,「算盤」として,適正な利益の確保,生産性向上,事業の継続と成長を図るという,同社における「論語と算盤」の具体像が示された。また,「論語と算盤」を現代的に「論語とスマホ」と捉え,AIを含む新たな技術の活用を進める姿勢も紹介された。「変わらない理念×変化への挑戦」を掲げる同社の実践は,経営思想の継承とは過去の方法をそのまま踏襲することではなく,理念を軸として時代の変化に応じて経営のあり方を更新し続けることであることを示す報告となった。

坂本久氏

 

 続いて,内山哲彦氏(青山学院大学)から「バウンダリー・スパナーとしての渋沢栄一」と題する報告が行われた。内山氏は,渋沢が数多くの企業・組織の設立や運営に関与した背景を,その多面的な経験と人的ネットワークに着目して検討した。渋沢は,農業に加えて藍玉の製造・販売など工業・商業にも関わる生家に育ち,農民,職人,商人,武士,さらには官僚という異なる立場を経験するとともに,国内外で幅広い活動を展開した。こうした経験によって,異なる立場にある人々の論理や価値観を理解し,それらを結びつける基盤が形成されたと捉えられる。そこで内山氏は,組織の内外や異なる組織・領域の境界を越えて人々を結びつける「バウンダリー・スパナー(境界連結者)」という概念を用いて,渋沢の活動を捉え直した。異なる文化,価値観,規範,慣行などの「制度ロジック」が併存する状況では,戦略,業績指標,コントロールの整合を図ることが困難となる。渋沢は,こうした異なる制度ロジックの間に立ち,それぞれの正当性や評価基準を理解しながら,人,資本,組織を結びつける役割を果たした可能性が示された。

 さらに,渋沢の「合本主義」についても,公益を追求する使命・目的のもとに,その実現に適した人材とネットワーク,資本を集め,事業を推進する仕組みとして捉え直された。渋沢は,自らがすべての企業を直接経営するのではなく,事業の創設を促し,出資者として関与しつつ,経営を適切な人材に委ねることによって,多数の企業や事業の形成に関与した。こうした活動をバウンダリー・スパナーという視角から検討することにより,渋沢の企業設立・運営や経営者育成を,単なる広範な人的ネットワークの形成としてではなく,異なる制度ロジックを架橋し,公益,人材,資本を結合する経営実践として再評価する方向性が提示された。

内山哲彦氏

 

 最後に,梅田宙氏(高崎経済大学)から,「渋沢栄一の構想を実践した尾高惇忠―富岡製糸場の運営に着目して―」と題する報告が行われた。梅田氏は,渋沢が設立に関与した最初の工業事業である富岡製糸場を取り上げ,渋沢が構想した近代的な製糸工場を,10歳年上の従兄で初代場長の尾高惇忠がいかに具体化したのかを検討した。富岡製糸場には,生糸の品質向上と大量生産に加え,技術者の育成と器械製糸を全国へ普及させる使命が課されていた。尾高は,建設段階から地元住民の協力を取り付け,煉瓦やセメントの問題にも対応したほか,外国人に生血を飲まれるとの風説から工女の募集が難航するなか,自らの娘・勇を第一号の工女として入場させた。また,工女には製糸技術だけでなく,習字,裁縫,読書などの教育も行い,知育・徳育を重視した。

 一方,工場運営では,輸入石炭から国内産石炭への切替えによる燃料費の削減,高額な外国人技師との契約終了による費用負担の軽減など,採算性を重視した経営が行われた。さらに,1876年には国内の繭価格が暴落する一方,中国とフランスが凶作であるとの情報を踏まえ,繭の購入予算を5万円から10万円へ増額し,その後10万円余りの純益を計上したことが紹介された。また,能率給を採用しつつ,生産量を過度に増やすと生糸の品質が低下するため,8時間労働を前提として生産量に一定の基準を設けるなど,生産性と品質の両立も図られていた。梅田氏は,これらを原価管理,購買管理,業績管理の実践として捉え,富岡製糸場が技術移転・人材育成の場であると同時に,収益獲得を目指す経営体でもあったことを指摘した。さらに,尾高の「至誠如神」という思想にも着目し,渋沢の構想が具体的な経営管理へと展開され,「技術伝習」と「収益獲得」という二つの使命の両立が図られていたことが示された。

梅田宙氏

 

 当日は,38名(非会員を含む)の参加があり,いずれの特別講演,パネル・ディスカッションに対しても活発な質疑応答が交わされ,大変有意義な議論が展開された。管理会計は単なる計算技法ではなく,いかなる理念や目的のもとで組織を運営するのかという経営思想と不可分である。本フォーラムは,「論語」と「算盤」の両立という原点に改めて立ち返り,管理会計の理論と実務のあり方を考える有意義な機会となった。フォーラム終了後には懇親会も催され,参加者間の親睦が一層深まった。盛況のうちに本フォーラムは無事に閉会した。

文責:関谷浩行(日本大学)