■■日本管理会計学会第35回九州部会兼2011年度第2回リサーチセミナーが,2011年11月12日(土)に福岡大学にて開催された。今回も関東・関西から報告者・参加者を迎えるなど,30名近い参加者によって活発な質疑応答が行われた。
■■第1報告では, 福島一矩氏(西南学院大学准教授)より,「マネジメント・コントロールと製品イノベーションの関係―質問票調査に基づく探索的研究―」と題する報告があった。福島氏は,どのようなマネジメント・コントロールが急進的イノベーションや漸進的イノベーションを促進もしくは抑制するのか,また組織成長に応じて重視される製品イノベーションが異なるのか,という研究課題について,マネジメント・コントロールの枠組みとして診断型コントロール/対話型コントロール/理念システム/境界システムを採用したうえで,新興市場を含む上場企業を対象とした質問票調査を実施し,急進的イノベーションの創発には理念システムが,漸進的イノベーションの創発には理念システムと対話型コントロールが,それぞれ有用であり,また製品イノベーションのタイプを問わず,新興企業のほうが製品イノベーションの創発につながっている,ことを実証的に主張された。
■■第2報告では, 加藤典生氏(大分大学准教授)より,「原価企画がうまく機能するための条件:逆機能の解消に向けて」と題する報告があった。加藤氏は,行き過ぎたコストダウン要請によるサプライヤーの疲弊,燃え尽き症候群や手法依存症候群などの設計エンジニアの疲弊,目標原価の達成可能性が異なる部門間での組織内コンフリクト,地球環境問題への対応の鈍化といった,原価企画の逆機能が相互に関連しながら,品質問題や行き過ぎた顧客志向を引き起こしているという現状認識を示し,心理学による創造性阻害要因の排除,マーケティング研究による価格決定能力の再獲得,そして管理会計研究による原価企画対象費目の拡張,業績評価指標の開発,サプライヤーレベルでの原価企画の導入促進,などの学際的な研究の必要性を提起された。
■■第3報告では, 関口善昭氏(SAPジャパン株式会社)より,「IFRS導入が管理会計に与える影響について」と題する報告があった。関口氏は,IFRSが財務報告に与える影響として,収益認識基準,総額表示から純額表示へ,減価償却費への影響,有形固定資産の減損,開発費の資産化,廃止事業の別建て表示,機能通貨の導入などを取り上げ,これらの導入が管理会計に与える影響として,包括利益をボトムラインとする予算編成の難しさ,営業利益が特別損益項目を含むことになること,一部の基準が不明確な段階ではIFRS基準と日本基準が混在したままで予実管理せざるをえないこと,将来収益の見通しが今期の業績や資産額に大きく影響するため,組織階層ごとに非財務的な先行指標となるKPIをリアルタイム・日次・週次・月次・年次でモニタリングする必要があること,事業セグメント間で統一的な棚卸資産評価法を採用しなければならないこと,などを指摘された。
■■第4報告では,西村明氏(別府大学教授)より,「これからの管理会計を考える―現代という時代と管理会計―」と題する報告があった。西村氏は,エンロンやワールドコムの破綻を象徴とする経営者の金融化,リーマン・ブラザーズやGMの破綻を象徴とする米国金融機構の危機,そしてギリシャの財政危機を象徴とする国際的な金融機構の危機によってもたらされている,現代の世界的な経済危機のもとでの経営・会計は,理論と実務の乖離としての第1次レレバンス・ロストの段階から,不確実性と統制不能性の乖離によって能率・効率・企業構造のバランスが不安定化している第2次レレバンス・ロストの段階を迎えているとの現状認識を示し,会計における「哲学」の構築,環境と企業構造の科学的な融合,人間組織の社会的な主体能動性の活用,グローバル情報システムによる宇宙規模の情報解析によって実現される,利益と機会(リスク)のフィードバック/フィードフォワード・コントロールを基軸とするこれからの管理会計の構想を示された。
■■報告会後は,主催校のご厚意により,福岡市を一望できる学内のスカイラウンジ特別室にて懇親会が開催され,大いに盛会となった。
丸田起大(九州大学)
伊藤氏は,まず行財政改革の取り組みを中心に市川市の状況を述べたうえで,その取り組みのひとつである市川市版ABCについて詳細に報告した。市川市版ABCの特徴として,分析自体にかかるコストが大きいことといった一般的なABCのデメリットを解消するため,総コストではなく職員の活動量に着目し,業務ごとの活動従事量を把握し,特に定型的業務の詳細な活動量を対象としていることを述べた。市川市では,市川市版ABCをシステム化し,各職員からのデータ収集を行い,職員個人レベルの活動までデータ化することにより,市民サービス直結業務と内部管理事務の活動量の詳細が可視化されていることを説明した。そして,市川市版ABCから導かれる効果として,内部管理事務や定型的業務をできるだけ効率的にしつつ,市民サービス直結業務に人材を再配置でき,市民サービスを維持しつつ,コストの削減が可能となることを示した。さらに,伊藤氏は,市川市市政戦略会議による,事業仕分け(平成22年度)と施設の有効活用にかかる公開検討会(平成23年度)についても報告した。はじめに,事業仕分けの実施内容を説明し,事業の可視化の進展といった効果や,結果が極端になるといった課題を示した。つぎに,施設の有効活用にかかる公開検討会の実施内容を説明したうえで,事業仕分けと施設の有効活用にかかる公開検討会を比較し,前者が事業の量的な側面からのアプローチ,後者が事業の質的な側面からのアプローチとして検討するために適している可能性を指摘した。
渡邊氏は,まずBSCに関する研究を参照し,わが国医療組織において多面的な目標達成につながる組織成員の心理構造を解明するという研究目的を示した。そのうえで,先行研究における理論的背景を踏まえ,組織成員の目標達成,行動意識(財務意識,患者意識,学習意識),および自律性の関係について理論モデルを構築し,それに基づく複数の仮説を提示した。そして,渡邊氏は,敬愛会中頭病院・ちばなクリニックと福井県済生会病院に対する経年的アンケート調査から得られたデータをサンプルとし,共分散構造分析によってこれらの仮説を検証した。分析の結果,次の4つの発見事項を指摘した。第1に,学習意識は業務に対する自律性から正の影響を受ける。第2に,財務意識と患者意識は,学習意識から正の影響を受ける。第3に,BSCの4つの視点に対する目標達成は,学習意識と財務意識から正の影響を受ける。第4に,目標達成に対しては,学習意識から財務意識と患者意識を媒介した間接効果よりも,学習意識からの直接効果のほうが相対的に強い影響を及ぼす。
大西氏は,まず公共部門の管理会計における今後の課題について,組織マネジメント,政策マネジメント,投融資等マネジメントの3つに分けて整理・提示した。これまで管理会計が活用されてきた組織マネジメントだけではなく,政策マネジメントにおける業績測定や,投融資等マネジメントにおける財政投融資・政策金融,さらにはPFI等といった領域への管理会計の活用可能性を示した。そして,国税組織などを調査対象とした組織マネジメントのケース・スタディについて報告し,公共部門においてもABM,ABC,BSCといった管理会計手法に近い実務が行われていることを明らかにした。これらのケース・スタディに基づき,ABMなどのさまざまな管理会計手法を公共部門の効率性と効果性に関連づけた基本モデルを提示した。また,日本だけではなく,各国の労働集約的な公共部門の管理会計の実態も示した。さらに,大西氏は,管理会計手法等の導入プロセスについても報告した。管理会計手法等の導入プロセスについて,ABMの導入を起点にミクロへの展開とマクロへの展開を説明したうえで,導入に際して重要になる要因として,人事権とリンクしたリーダーシップの継続,全体像を踏まえたうえでの漸進的な導入,組織の損得勘定への働きかけなどを明らかにした。