2011年度 第1回 リサーチセミナー開催記 共催:日本原価計算研究学会

■■ 2011年度第1回リサーチセミナーは,2011年7月23日(土)に早稲田大学早稲田キャンパス11号館9階913教室において開催されました。 リサーチセミナーは,若手研究者による発表の場として,2002年度から毎年度続けて開催されてきました。今年度は,日本原価計算研究学会との2回目の共催による開催となります。当日の出席者は27名であり,本学会の浅田孝幸会長から開会の挨拶が,日本原価計算研究学会の廣本敏郎会長から閉会の挨拶がありました。当日は,意欲的な研究発表に続いて,建設的なコメントをいただき,参加者との間でたいへん活発な議論が展開されました。

■■ 当日のプログラムは,以下の通り進められました。

● 第1報告14:00~15:20 司会: 横田絵理氏(慶應義塾大学)
▼ 吉岡勉氏(亜細亜大学大学院後期博士課程)
「ホテル産業の戦略管理会計に関する研究」
▼ コメンテーター: 清水孝氏(早稲田大学)
● ティータイム(15:20~15:40)

● 第2報告15:40~17:00 司会: 小林啓孝(早稲田大学)
▼ 福島一矩氏(西南学院大学)
「マネジメント・コントロールによる製品イノベーションの創発」
▼ コメンテーター: 伊藤克容氏(成蹊大学)

2011research1_1.jpg■■ 吉岡勉氏による第1報告では,以下の順序に従って進められ,ホテル産業の戦略管理会計に関する試案が提示された。

1.ホテル産業の現状
2.研究の目的,問題意識
3.先行研究
4.ホテル産業の戦略マップとバランスト・スコアカード
5.今後に向けた課題

吉岡氏は,ホテル経営における戦略の立案・可視化・浸透・カスケード・実践のための共通枠組みが必要ではないかとの問題意識のもと,ホテル産業において広く使用されている財務指標のRevPAR (Revenue Per Available Rooms)に着目し,これと戦略マップ,BSCを結びつけるという試案が提示した。
RevPARは,客室売上/利用可能客室数であり,これは平均客室単価(ADR: Average Daily Rate)と客室稼働率(Occ: Occupancy rate)の積に分解できる。 吉岡氏は,RevPARの向上は,ホテル経営における業績指標の根幹という観点からRevPARを財務の視点における戦略尺度として,顧客満足・顧客維持・顧客獲得という観点から客室稼働率を顧客の視点における戦略尺度として,顧客は”価値”に対して対価を支払うという観点から平均客室単価を内部プロセスの視点における戦略尺度として設定するという試案が提示した。

2011research1_2.jpg▼ コメンテーター(清水孝氏)のコメント
吉岡氏の報告に対し,清水氏は,Revenue ManagementにおけるRevPARの意義について触れた後,RevPARは「尺度」に過ぎず,尺度が設定される以前に戦略が明示され,戦略目標が設定されてそれに適合した尺度が選択されるのであり,尺度が初めにありきではない,その他RevPAR使用に関する注意点を指摘した。また,BSCでは戦略→戦略目標→尺度→目標値→アクションプランへと分解していくのであり,ホテルの戦略によってマップもスコアカードも異なってくるはずであり,こうしたストーリーを考えていく必要があるのではないか,その他の今後の研究に示唆を与えるコメントが提示された。

2011research1_3.jpg■■ 福島一矩氏による第2報告では,以下の順序に従って,マネジメント・コントロールによる製品イノベーションの創発についての実証研究が提示された。

1.イントロダクション(問題意識・研究目的)
2.分析フレームワーク
3.研究方法
4.分析結果と考察
5,インプリケーションと残された課題

福島氏は,従来の研究のサーベイから従来の研究では製品イノベーションのタイプを分別していなかった,マネジメント・コントロールの組織プロセスへの影響を介した製品イノベーション促進・抑制の検討が行われていなかったとの問題意識から,イノベーションを革新的イノベーションと漸進的イノベーションの2タイプに分別し,これらのイノベーションに対するマネジメント・コントロールの直接的影響および組織プロセスを介した間接的影響を実証的に検討することとした。そのために,全国の証券市場上場の製造業に対し,アンケート調査を行い,まず,因子分析によって需要と思われる因子を推定し,これに基づいて共分散構造分析を実施して因子(変数)間の影響関係の推定を行った。その結果,(1)製品イノベーションのタイプにより,(予算管理を用いた)マネジメント・コントロールが製品イノベーションの促進・抑制に与える影響が異なる,(2)(予算管理を用いた)マネジメント・コントロールによって漸進的イノベーションの促進・抑制のバランスをとれる可能性がある,(3)製品イノベーションのタイプを問わず,理念システムは製品イノベーションを促進する効果がある,というインプリケーションが得られたことを示した。

2011research1_4.jpg▼ コメンテーター(伊藤克容氏)のコメント
福島氏の報告に対し,伊藤氏は,問題領域の重要性にもかかわらず,研究蓄積が不十分である領域の研究に取り組み,先行研究に関する網羅的な文献調査を実施した上で,首尾一貫した研究デザインに基づいて質問調査票調査を実施したことを高く評価した。一方で,Simonsの研究枠組みに基づきながら境界システムを対象としなかったことに疑問を提示すると共に,将来の研究では,マネジメント・コントロール概念自体が拡張しているところからSimonsの枠組みに基づくこと自体の検討やイノベーションに関する諸見解とマネジメント・コントロールの影響関係についてより踏み込んだ研究を行ったらどうかとの示唆をした。

小林啓孝氏 (早稲田大学)

2011年度 第2回フォーラム開催記

2011forum2_1.jpg■■ 日本管理会計学会2011年度第2回フォーラムが,2011年7月16日(土)13:00から成城大学において開催された(実行委員長:成城大学教授 塘 誠氏)。今回のフォーラムは,鈴木研一氏(明治大学教授)の司会のもと,境 新一氏(成城大学教授),磯崎 哲也氏(磯崎哲也事務所代表,公認会計士),山田有人氏(大原大学院大学教授 吉本興業監査役),そして川上昌直氏(兵庫県立大学准教授)の計4名から報告が行われた。フロアからも活発な質問が寄せられ,有意義な討議が行われた。その後,場所を移して懇親会が行われ,散会となった。

■■ 第1報告:境 新一氏(成城大学教授)

「感動創造の価値と価格に関する考察-アート・プロデュースの視点から-」

2011forum2_2.jpg 境氏は,アート・プロデュースの視点から感動創造の生み出す価値を反映した価格設定に関する現状と課題について報告された。最近のデジタル・IT技術の進展やソーシャル・メディアの台頭を背景として,産業に活用される発明や技術のみならず,アートの経済的価値が高まりつつある。とりわけアートは社会的な価値づけが重要であるため,保護と普及を一組に考える必要があり,その意味で,知的財産と似た属性を持つとされる。芸術・技術・特許などがアートとして融合し,創造性を発揮しながら文化的・経済的価値を創出するためには,アート・プロデュースという包括的な取り組みが必要であることが指摘された。
感動創造の生み出す価値とその価格の関係性については,多様な価値評価尺度が求められる。従来型の製造業やサービス業と違い,アートに代表される感動創造の生み出す価値については,その価値と価格の関係性の検証が難しいことが特徴とされる。管理会計は,使用価値,交換価値,文化的価値,美的価値,芸術価値,経済的価値,商品価値などの多様な価値評価尺度を包括して,価格と対置できる仕組みの構築について貢献が期待されることが示唆された。

■■ 第2報告:磯崎 哲也氏(磯崎哲也事務所代表,公認会計士)

「起業のファイナンス」

2011forum2_3.jpg 磯崎氏は,日米のベンチャーファイナンス事情の比較検討を通じて,日本のベンチャー界における「生態系」の充実の重要性が指摘された。生態系とはつまり,上場やバイアウトを経験した企業家や,ベンチャー支援をするエンジェルやベンチャーキャピタルなどの投資家,弁護士や会計士などの専門家,CFOやCTOなど鍵となる役員の候補者などのネットワークのことである。日本はアメリカから遅れること四半世紀,1990年代の終わりに証券ビッグバンを迎えるに至った。つまり日本の本格的なベンチャーファイナンスはまだ,始まってから10年少ししか経っていない。ベンチャー企業が活躍する素地を作るためには,良いベンチャー企業の卵が存在するだけではなく,それらを育てる生態系の充実が必要となる。ベンチャー投資は縮小しているように見えるが,ここ10年で日本においてもこの生態系は大きく発達した。米国では,国内市場での成功だけでなく,世界全体での成功に向けたプランがベンチャーキャピタルから求められる。日本においても,楽天やDeNA,グリーのように国内市場で成功を収めたベンチャー企業が世界市場へ進出する動きがあるが,最近では当初から海外市場での活躍を目指すベンチャー企業も出始めている。今後10年で時価総額数千億円以上の企業が10社出てくるようであれば,日本のベンチャーへの関心も好転を期待できるのではないかとの指摘があった。さらに,昨今の米国における上場前後のベンチャー企業の事例を踏まえて,米国におけるベンチャー投資が局所的にバブル気味であることを指摘し,生態系発達のためには「盛り上がり」も重要であることが指摘された。

■■ 第3報告:山田有人氏(大原大学院大学教授,吉本興業監査役)

「製作委員会方式による資金調達の功罪」

2011forum2_4.jpg 山田氏は,映画製作における資金調達について,日米の比較を通じてその現状と課題について整理された。日本の映画製作において採用されることの多い製作委員会方式は,委員会に加入する多数のメンバーから資金調達が可能となり,リスク分散を期待できるメリットがある。しかし一方で,メンバー間の責任・権限関係のあいまいさから,コンテンツビジネス全体の戦略を不明確にし,意思決定プロセスが明示化できない点に課題があることを指摘された。例えば,日本映画はリメーク権ビジネスにおいては多くの原石が存在すると思われるが,製作委員会方式という責任と権限関係があいまいな共同事業体により,海外企業の参入を困難にしている。また,製作委員会のメンバーは出資者であると同時にコンテンツ販売の窓口権を有するため,純粋な出資者の受け入れが困難であること。さらに,製作委員会方式を前提とすると,実積のない新規の参入者が割り込む余地がないことも指摘された(この問題に対してハリウッドにおいては,新規の参入者であっても,完成保証会社との間で完成保証契約を締結することで,銀行からの融資を通じた製作資金の調達を可能にしていることが報告された)。また,日本映画産業の全体的な問題点として,ネット化・成熟化した社会における収益獲得モデルの構築,広告宣伝投資等の意思決定会計の充実,製作予算における管理システム機能の強化の必要性が提示された。

■■ 第4報告:川上昌直氏(兵庫県立大学准教授)

「ビジネスモデルの新たなフレームワーク-実際の変革事例から-」

2011forum2_5.jpg 川上氏は,顧客満足と利益の両立を図るために求められる価値創造について,たざわ湖スキー場の事例を用いながら報告された。第一に,価値創造を図る仕組みの体系化にあたり,事業の仕組みを設計する思考方法としてのビジネスモデルと,結果として形成された事業の仕組みであるビジネスシステムの違いを,明確に認識することの重要性を指摘した。第二に,ビジネスモデルを考えるためには,デザインのフレームワークが必要であることを指摘した。すなわち,顧客価値を創造し,それを実現する提供の仕組み,そして目標とする利益を達成するための体系が必要とされる。その価値創造の鍵は,価値のオーナーである顧客の取り分としてのWTP(Willingness-to-pay)をいかに高めるかにあり,WTPを超えた価格設定は成立しえない。この具体例として,たざわ湖スキー場でのビジネスモデル変革を取り上げた。当該事例は顧客不満足の源泉を探り,コストに見合った形で問題を解消するビジネスモデルがいかに構築されるのか明らかにするものであった。そこでは,価値を保証し,乏しい資源でも実現可能な活動を通じてサービスを実現し,すべての顧客を対象にするのではなく課金対象をずらすことで価値創造を実現するに至ったとのことである。この事例を通じて,価値創造を可能にするための顧客価値創造・利益創出・価値提供の3要因を体系化させたビジネスモデルの構築の必要性が改めて示唆された。

塘 誠 (成城大学)