2018年度第1回管理会計フォーラム開催記

2018年4月21日、東京理科大学において2018年度第1回フォーラムが行われた。「ESG経営と管理会計」というテーマを掲げ、座長の石崎忠司氏のもと3名の先生方によるご講演が行われた。

第一報告 松原 稔氏(りそな銀行)
ESG投資の実務 ~長期投資家の立場から~

国連責任投資原則は、機関投資家のESG投資行動を推進するために設定された原則である。外部不経済の問題が深刻化し、持続可能な発展には責任のある投資の考え方が不可欠になっている。長期投資家は対象企業の選定にあたり、特に各企業の非財務情報開示の動向に着目している。非財務情報開示が未達成の企業に対しては、情報開示を働きかけディスクロージャーディスカウントの解消を促す。また、開示企業においても重要課題の特定化と開示によりビジネスリスクと重要課題の統合を促している。企業にとってのESGは社会的責任であるが、投資家にとっては環境・社会課題による経営リスクあるいは経営機会の意味を持つ。このような企業と投資家のコミュニケーション・ギャップを解消するために、昨今では複数の長期機関投資家による協働エンゲージメントが実施されている。企業が価値創造のためにどのような重要課題を認識し、戦略的に行動しているのか、ビジネスモデルの持続性や戦略の実現可能性に影響を与えるESG情報の開示やそれに関連した管理会計情報の開示がより活発化することが期待されている。

第二報告 円谷 昭一氏(一橋大学)
管理会計が支えるコーポレート・ガバナンス

日本版スチュワードシップ・コードやコーポレート・ガバナンスコードの制定を受け、企業や投資家の中には開示疲れや対話疲れの様子も見受けられる。コーポレート・ガバナンスコードの改定では、形から実効性重視へその視点が変化しており、より管理会計に即した発想が求められるようになってきている。投資家が求めるコーポレート・ガバナンス情報の上位項目には、社外取締役の発言状況や経営者等の後継者計画等が挙げられている。一方、それらの項目に対する企業の開示意欲は、依然として低いのが現状である。ESG経営に関する情報を伝える媒体の一つとして統合報告書があり、2017年時点での作成企業は341社に上っている。マテリアリティに関して開示する企業も増加しつつあり、有価証券報告書におけるリスク情報開示とは異なる形で、内部情報を利用した情報開示を行う企業も出始めている。ESG経営においては、企業の内部情報を用いた説明の必要性が増加している。企業は従来のような財務情報だけではなく、利用者にとって付加価値の高い情報、管理会計に軸足を置いた情報を含む情報開示戦略が求められている。

第三報告 水口 剛氏(高崎経済大学)
ESG投資の文脈からみた「ESG経営」の概念

企業の環境・社会問題への取り組みは、環境経営、CSR経営、サステナビリティ経営、そしてESG経営へと変化してきた。責任投資原則の策定を受けて、急速にESG投資が活発化している。ESGの要因は多様であり、ESG経営における課題は時間の経過と共にその性質が変わってくる。地球の環境容量の限界が顕在化し、金融の短期主義化やIT技術と投機化による経済格差の拡大、低金利やゼロ金利などにより経済活動の基盤が既存され、資本主義の限界が見受けられるようになった。この資本主義の限界に対し、従来の市場システムに乗らない社会・関係資本や自然資本などの人類の共通資本を共有するための新しい資本主義の形としてユニバーサルオーナーシップの概念が登場している。ESG投資には、将来の変化に適応するFuture Takerとより良い将来の構築を目指す Future Makerの2つの方法がある。後者は、ユニバーサルオーナーシップに依拠した投資である。企業経営においてもFuture Takerに対する企業価値志向のESG経営と Future Makerに対する統合思考のESG経営の2つのアプローチが考えられる。日本におけるESGの理解は、ユニバーサルオーナーの視点が欠如しており、今後の進展が望まれる。

 

東京理科大学 山根 里香