2012年度 第3回九州部会開催記

■■日本管理会計学会2012年度第3回(第38回)九州部会が,2012年11月24日(土)に中村学園大学(福岡市)にて開催された(準備委員長:水島多美也氏)。今回の九州部会では,他部会からも複数のご参加をいただき,20名近い研究者と実務家の方々とともに活発な研究報告と質疑応答がなされた。

2012kyusyu3_1.JPG■■第1報告では,西村明氏(別府大学教授)より,「管理会計の現代的課題―回顧と展望―」と題する報告があり,最近の管理会計の展開と方向を,ABCやBSCに象徴される戦略管理会計と,IFACのEnterprise Governanceに象徴される機会・リスクへの関心と整理したうえで,管理会計は第1のギャップであるレレバンス・ロストから,不確実性の拡大による第2のギャップを経て,金融麻痺による組織の自己衰退という第3のギャップの段階に入っており,利益機会の創造とリスクへの対処のために,管理会計は不確実性を完全には管理しえないという謙虚な姿勢を保ち,柔軟で機動的な組織構造のもとで,フィードバックとフィードフォワードを有機的に統合し,自らも絶えざる革新に挑戦しなければならないと主張された。

2012kyusyu3_2.JPG■■第2報告では,水島多美也氏(中村学園大学准教授)より,「時間と管理会計技法に関する一考察」と題する報告があり,管理会計の先行研究においてどのような時間が扱われてきたのかという問題設定のもとで,大きく分けて,先端製造技術における時間,生産管理システムにおける時間,および戦略における時間が検討されてきたことを示し,その枠組みのもとで,非財務的指標,スループット会計,アメーバ経営,Jコスト論などの多様な研究が展開されているが,とくにABC/ABMの議論においてコストドライバーとしての時間の研究が多く蓄積されてきていることについていくつかの論者の研究を紹介され,管理会計論における時間研究の体系化の意義を主張された。

2012kyusyu3_3.JPG■■第3報告では,高梠真一氏(久留米大学教授)より,「デュポン社のベンチャー事業における割当予算の申請と承認」と題する報告があり,デュポン社では1910年代には,追加投資を要求する各部門が経費節約の見積額を申請し,それを経営執行委員会が投資利益率で審査する割当予算システムが実践されており,部門レベルではまだ投資利益率にもとづく意思決定が行われていなかったが,1960年代になると,割当予算を要求する際には各部門で自ら投資利益率の見積値を計算し,経営執行委員会では投資利益率で識別できない代替案の選択における補完的な評価方法として割引キャッシュフロー法が用いられるようになっており,管理会計技法の発展と浸透の興味深い歴史的事例が紹介された。

2012kyusyu3_4.JPG■■第4報告では,足立洋氏(九州産業大学講師)より,「責任会計システムと柔軟性」と題する報告があり,不確実性の高い状況下における責任会計システムの限界が主張されているが,管理会計実務ではこの問題にどのように対処しているのかについて,セーレン株式会社においてインテンシブな定性的調査を実施し,製造部門をプロフィットセンター化し,日々の会議や改善提案制度によるエンパワメントを通じて,生産計画の頻繁な変更の権限を現場に付与することによって,会計情報を過去釈明のための回答装置ではなく未来創造のための学習装置として活用し,目標管理制度のもとでの利益責任達成に必要な柔軟性を引き出すことに成功している事例を紹介された。

■■報告会終了後には,開催校のご厚意により懇親会が開催され,有意義な交流の場となった。次回の九州部会は来年4月に九州産業大学で開催の予定である。

2012年度 年次全国大会開催記

統一論題 「管理会計研究と方法論」

■■日本管理会計学会2012年度全国大会は、平成24年8月24日(金)から26日(日)の3日間、国士舘大学において開催された(準備委員長:白銀良三氏)。24日には、学会賞審査委員会、常務理事会、理事会、理事懇親会が開催された。25日は9時半から、6会場に分かれ、計18の自由論題報告がおこなわれ、その後、会員総会、記念講演に続き、統一論題報告がおこなわれた。統一論題報告終了後、午後6時すぎより、スカイラウンジで会員懇親会がおこなわれた。翌26日は9時半から前日と同じく6会場で計30報告がなされた後、統一論題の討論がおこなわれた。

■■プログラム
2012年度 年次全国大会プログラム(PDF形式)

■■ 特別賞
■佐藤紘光氏

■■ 功績賞
■笠井賢治氏
■竹森一正氏

■■ 文献賞
■徳崎 進氏
『VBMにおける業績評価の財務業績効果に関する研究:事業単位の価値創造と利益管理・原価管理の関係性』
関西学院大学出版会,2012年2月刊。
■中島洋行氏
『ライフサイクル・コスティング:イギリスにおける展開』創成社,2011年10月刊。

■■ 奨励賞
■衣笠陽子氏
「病院経営における管理会計の機能:病院予算を中軸とした総合管理」
『管理会計学』2012年,第20巻第2号。
■山田哲弘氏
「報告利益と課税所得の関係が利益調整行動に与える影響」
『管理会計学』2012年,第20巻第2号。

■■■ 記念講演
25日午後2時半より、倉重英樹氏(株式会社シグマクシス)による記念講演がおこなわれた。テーマは「知識社会における組織運営」である。まず、司会の白銀良三氏より、倉重氏がこれまで日本管理会計学会副理事長を務められ、功績賞も受賞されるなど、日本管理会計学会に対して多大な功績のある方であることが紹介され、倉重氏の講演となった。 講演は、世界の変革が起こっている時代にあって、今後の企業および個人がどのように変革していかなければならないのかということがメインテーマであった。 世界の国々の人口とその経時の変化の様子から、今後社会は、工業社会から知識社会へ転換されることをドラッカーの言葉を引用して説明され、知識社会における企業のあり方について、倉重氏の持論をお話頂いた。知識社会においては、デジタルITの利用、人「財」の活用、未来管理の3点が必要であるとのことであった。 また、倉重氏は、これまでの経営者として、すばらしい手腕を発揮してこられたが、その要因は、従来の工業社会で用いられている「モノ作りモデル」と知識社会で必要となる「コト作りモデル」の融合によって、経営をおこなってきたことであるとお話し頂いた。 最後に、これからの知識社会においては、組織は「コト作りモデルの構築」、「ひとの動きを見る眼」、「可視化/未来管理」、個人は「自分の仕事の構築」、「自分のイノベーション」、「やるべきことよりやりたいこと」が必要であることを説明され、講演は終了した。倉重氏の「人」に注目をした講演が大変印象的であった。
■ レジュメ:「知識社会における組織 運営 」(PDF形式)

■■■ 統一論題報告
記念講演終了後、山本達司氏(大阪大学大学院)を座長として統一論題報告がなされた。テーマは、「管理会計研究と方法論」である。報告は、管理会計研究方法論から分析的研究、実証分析、実験研究、質的研究の4つについて、次のとおり報告がなされた。なお、報告の概要は報告者から頂いたものである。

■■ 統一論題報告(1) :渡邊章好氏(東京経済大学)「管理会計における分析的手法の意図と貢献」
本報告では、エージェンシー理論や産業組織論を応用した管理会計実務の説明理論構築を目指す分析的研究について、その意図とそれがもたらす貢献について述べた。このような分析的研究は、実務が機能する条件や現実に機能している実務に潜むメカニズムを明らかにすることを意図し、現実を簡略化したモデルを用いる点に特徴がある。そのため、分析的研究による成果を実務にそのまま適用することは難しく、このことが、分析的研究に対する批判の源泉となっている。しかし、分析的研究による成果を積み重ねることで、管理会計の伝統的知見という核の部分をより充実させることが期待できる。したがって、管理会計における分析的研究は、管理会計教育への貢献が大きいと言える。

■■ 統一論題報告(2 ):木村史彦氏(東北大学)
「管理会計研究における実証研究の特徴と課題―アーカイバルデータを用いた実証研究に争点を当てて―」
本報告では、アーカイバルデータを用いた実証研究(以下、実証研究とする)の特徴と課題を、一般的な実証研究の枠組みに沿って概説し、管理会計研究における今後の実証研究のあり方について検討した。近年、日本の会計研究においても実証研究が増加傾向にあり、これは管理会計研究においても顕著である。実証研究は様々な研究テーマ・課題の下で設定された仮説や命題を検証することができ、その知見の蓄積は、管理会計研究および実務に対して大きな貢献を果たしうるものである。 しかしながら、実証研究には多くの限界があり、それを把握しておくことは重要である。そこには、仮説設定におけるバイアス、変数を特定化する際の分析者の主観性、実証モデルの選択、検証結果の解釈の問題が含まれる。こうした限界を克服するためには、検証手続きの精緻化、適切な統計手法の適用とともに、他の研究方法とのコラボレーションが重要になると考えられる。

■■ 統一論題報告(3) : 田口聡志氏(同志社大学)「管理会計における実験研究の位置付けを巡って」
本報告では、管理会計における実験研究の方法論的な意義を整理すると共に、管理会計研究をより豊かにしていくために実験が担っていくべき役割について検討を行った。実験研究は、(1)データのハンドリングが容易、(2)事前検証が可能(意図せざる帰結の発見が可能)、(3)内的妥当性が高い、という優位性を持ち、また、2つのタイプがある(複数人間の意思決定を取り扱いメカニズムの検証が得意な経済実験と、個人単体の意思決定を取り扱いヒトの心理バイアスの検証が得意な心理実験)。管理会計では、主にマネジメント・コントロールの領域で実験が用いられ、また、特に心理実験のウェイトが高い。今後は、心理実験と経済実験との融合を図り、また、他の研究手法と良好なコラボレーションを図っていくことが望まれる。

■■ 統一論題報告(4) : 木村彰吾氏(名古屋大学)
「管理会計研究における質的研究方法論の意義:実務とのインタラクション」
本報告では、質的研究方法(Qualitative Research)あるいはフィールドワークと位置づけられるCase Study、Action Research、Ethnography、Grounded Theoryを取り上げ、その意義について管理会計研究目的に関わらせて考察した。 McKinseyが会計のマネジメントへの役立ちを体系化することを意図して著した「管理会計(Managerial Accounting)」を管理会計の原点と位置づけると、管理会計研究の原点は、管理会計実践を観察し体系化すること、そして管理会計手法を開発することであることを説明した。このように理解すると、質的研究方法は、管理会計技法の発見、新しい管理会計手法の開発、管理会計技法の運用にかかわる発見、管理会計プロセスの記述・説明・分析という貢献をなしたと言える。その一方で、理論の普遍化への制約や学術的厳密さの欠如という限界もあることを指摘した。こうした考察を踏まえて、実務との適度な距離感を保ちながら、マルチ・メソドロジーにより学術的厳密さを向上させる必要があることをまとめとして主張した。

■ なお、次回の日本管理会計学会年次全国大会は、立命館大学にて2013年9月13日(金)~9月15日(日)開催される予定である。

年次全国大会準備委員会  委員長 白銀良三(国士舘大学)

2012年度 第2回 リサーチセミナー開催のお知らせ

日本管理会計学会会員各位

会員の皆様におかれましては益々ご清祥のことと存じます。
この度、2012年度第2回リサーチ・セミナーを下記のとおり開催することになりましたのでご案内申し上げます。今回は、事前の申し込みは必要ありません。研究報告の内容や研究方法に興味をお持ちの方は、是非ご参集下さい。

■■日 時・会 場
● 日 時:2012年11月10日(土) 14:00?16:30
● 会 場:青山学院大学青山キャンパス 17号館 3階 17302教室
渋谷駅(JR、メトロ、東急線、京王井の頭線)から徒歩12~15分
表参道駅(メトロ)から徒歩5分。
青山キャンパスまでのアクセスは、アクセスマップをご参照ください。
青山キャンパスの正門・東門・西門から17号館までの経路は、それぞれの門にいる守衛にお訪ね下さい
(大学のWEBサイトのキャンパスマップは、解りにくいのでお薦めできません)。

■■ 参加費:無料

■■プログラム
● 14:00  開会

● 14:10~15:10 第1報告
▼ 「研究開発活動の測定・評価に関する一考察—実証研究のレビューを中心として—」
間普 崇氏(関東学園大学)
● 15:10~15:20 休 憩(飲み物等をご用意いたします)
● 15:20~16:30 第2報告
▼ 「予算制度・年次計画への日本企業の期待と不満—質問紙調査による時系列比較—」
丹生谷 晋氏(出光興産株式会社)
小倉 昇氏(青山学院大学)

● 16:30 閉会

■■お問合せ先:ny-ogura”あっと”mvi.biglobe.ne.jp (”あっと”を半角の@マークに置換ください)

小倉 昇(青山学院大学)

2012年度 第2回フォーラム開催記

2012forum2_1.jpg■■ 日本管理会計学会2012年度第2回フォーラムは,北海道大学を会場として,2012年7月21日(土)に開催された(実行委員長:篠田朝也氏)。今回のフォーラムでは,統一論題が設定されていなかったものの,管理会計と会計実務の関係を強く意識した研究報告と企業講演が行われ,活発な議論が展開された。第1部の研究報告では,丸田起大氏(九州大学),藤本康男氏(フジモトコンサルティングオフィス合同会社代表社員,税理士),長坂悦敬氏(甲南大学)の3名が報告された。第2部の企業講演では,北海道で活躍している元気な企業で,社会貢献活動を積極的に展開されている企業のなかから,実行委員長の篠田氏が株式会社富士メガネに講演を依頼した経緯が説明されたのち,大久保浩幸氏(株式会社富士メガネ取締役,人事・総務部長)が講演された。その後,場所を移して懇親会が行われ,夏の北海道でのフォーラムを惜しみつつ散会となった。

■■ 第1報告:丸田起大氏

「管理会計の導入効果の事例研究-産学共同研究への期待-」

2012forum2_2.jpg 丸田氏は,わが国における管理会計研究の発展に向けて,実務家と研究者との間で共同研究・共同開発が活発化されることの期待を表明するとともに,アクションリサーチに代表される関与型研究(interventionist research)にもとづいて実践されている共同研究「ソフトウェア開発における品質コストマネジメントの適用」の事例を紹介された。
最初に,Jonsson and Lukka(2007)の先行研究から関与型研究を次のように示された。すなわち,リサーチサイトに貢献し,かつ,理論にも貢献することを目指すこと,リサーチサイトで現に生じている実務上の問題に取り組むこと,リサーチサイトの状況に適しており,かつ,理論に裏付けられている解決策のアイデアをフィールドテストすることによって,実務にも理論にも関連性(relevance)を持たせた研究ができるという。
次いで,共同研究の取り組みを次のように紹介された。すなわち,研究サイトが製造装置メーカーX社のソフトウェア開発部門であること,他の共同研究者が梶原武久氏(神戸大学)と佐藤浩人氏(立命館アジア太平洋大学)であり,2010年4月から現在に至るまでサイトを13回訪問したこと,当初はビジターとして研究サイトに関与していたものの,次第にファシリテーターとして理論的見地から研究サイトに関与するようになったということである 。そして,研究開始後1年間の協議を踏まえて,品質コストの定義と測定対象について,(1)評価コストのうち定義から漏れていた部分を追加する,(2)テスト後の手直しなど測定が容易な部分から「内部失敗」の測定を開始する,(3)外部委託先での品質コストの推定対象を拡大するという変更が行われた。その 結果,品質コストのビヘイビアについて,品質コスト率が5?10ポイント上昇したこと,内部失敗コストの測定範囲がまだ限定的であるためその割合が5%以下にとどまっていること,予防コスト・評価コスト・失敗コストの間には,期待される関係が部分的にみられるものの現時点では明確な関係が確認できていないため経過観察が必要なことなどが説明された 。最後に,関与型研究の課題が,研究者の結果責任,研究成果の記述スタイルや媒体などにあることを指摘された。

■■ 第2報告:藤本康男氏

「中小製造業における管理会計導入の実務」

2012forum2_3.jpg 藤本氏は,地域に根差した企業を支援することによって地域経済の活性化に貢献するというミッションを実現するためには,中小製造業に管理会計を導入させることが重要であると主張された。氏が経営するコンサルタント会社では,経営者の意思決定に役立つ情報網の構築=「見える化」と,それを利用した経営改善のしくみを社内に定着させることを目的としており,経営者のみならず社員一人ひとりが「戦略」と「データ」にもとづいて考え行動する集団になることを目指しているという。氏は,この文脈から,オホーツク紋別にある水産加工(かまぼこ)会社に対する管理会計導入の事例を紹介された。
実践事例では,最初に,バランスト・スコアカード(BSC)を用いた戦略マップの作成に際して,全スタッフへのヒアリングを実施し,社長とSWOT分析を行い戦略マップを作成し,方針発表会議を開催して戦略マップの共有化を図ったものの理解されずに苦労したという。しかし,戦略マップを年によって変えていくなかで,財務の視点のもとに地域貢献の視点を盛り込んで観光客の満足度向上を目指したところ,新工場建設に伴う無料の体験コーナーや工場見学コースの設置に照応して観光客から注目され,相乗効果を生み出す転機を得て,戦略マップの進化が期待できるようになったという。次いで,現場データの蓄積に際して,当初,原価計算が実施されておらず,在庫の帳簿管理も徹底していなかったことから,歩留まり,原価・経費,納期,光熱費,キャッシュフロー(在庫)に係る現場データの蓄積が困難だったという。しかし,原価計算や在庫管理が徹底されたことで,現在では各担当者が現場データを持ち寄って月次経営会議ができるようになり,PDCAサイクルが機能するようになったという。藤本氏は,従業員が当事者意識を持つようになり,経費の削減,在庫の圧縮,歩留まりの改善を経てPDCAサイクルが実践できるようになったこと,従業員が成長したことで企業体質が改善されていることを主張された。また,管理会計導入の全般的な課題として,管理会計を聞いたことがない経営者にどのように同意を得るかということ,現場データが蓄積されていないため予算管理が難しいこと,先生ではなくパートナーとして社長と一緒に問題解決に努める重要性を指摘された。

■■ 第3報告:長坂悦敬氏

「生産企画と融合コストマネジメント」

2012forum2_4.jpg 長坂氏は,製造関係との産学連携という視点から大学研究者として産業界にどのようなアクションが起こせるかという問題意識のもとで,管理会計のフレームワークやコントロール概念を深化・発展させる手掛かりとして,「融合コストマネジメント」(Fused Cost Management)というアプローチを提唱された。また,実務にインプリメントできる具体的なアクション研究をソリューションと捉えて,産学官の共同プロジェクトから開発・提案されたソリューションの事例を紹介された。
最初に,「融合コストマネジメント」のイメージとしてコーヒー牛乳が例示された。コーヒー牛乳がミルクとコーヒーを混ぜ合わせたものであり,微妙な組み合わせでカフェオレやカフェラテと呼ばれるのと同様に,製品開発・設計,マーケティング戦略,危機管理(リスクマネジメント),BPM,品質工学,ダイバシティ・マネジメントのような各マネジメント手法とコストマネジメントとが,溶け合い,新しく形を変えたものが「融合コストマネジメント」であると説明された。そして,生産企画は,事業企画,営業,設計,調達,生産,品質保証,保守サービスと一体化していることから,原価企画は,まさに製品開発・設計とコストマネジメントの融合形態であることが指摘された。
次いで,ソリューションの開発・提案の事例として,(1)BPMソリューションにおけるスマートフォンアプリの開発やERPの活用(KPIの抽出),(2)工程シミュレーションによる生産コストのフィードフォワード・コントロール,(3)トレーサビリティシステムによるフィードバック・コントロールにおける製造品質管理からのコスト低減やトラック運行管理からのコスト・環境負荷低減が説明された。最後に,各マネジメント手法と融合されるコストマネジメントを顕在化し,そのフレームワークを提示していくアプローチが必要であること,ソリューションを提示して現実に企業で実証できてはじめてそのモデルが発展して波及効果を生み出すことが指摘された。

■■企業講演:大久保浩幸氏

「お客様の『見る喜び』と経営を強力に支えるFTISの運用とその成果」

2012forum2_5.jpg 大久保氏は,メガネは医療用具であるという立場からお客様にメガネを提供していること,そのための人材養成をしていることを強調された。また,お客様の「見る喜び」という企業理念の具現化やノウハウの蓄積を一定のサービスレベルで保持して,売上を向上させていくためのソフトの開発が不可欠であると主張された。このソフトが富士メガネ総合情報システム(Fuji Total Information System,以下「FTIS」という。)であり,その導入経緯と機能の概要について説明された。
次いで,経営の重点項目として,(1)市場創造(積極的な顧客創造),(2)経済および市場動向への対応,(3)個人の能力の開発とモチベーションの向上の3つを提示され,FTISがどのように活用されているかという現状を紹介された。富士メガネでは,チェーン店舗のどこからでも同じデータを見ることができ,参照データとしてお客様の視力のデータ,作成したメガネのデータ,応対記録などが入力されているため,お客様には時間をかけることなく顧客カードにもとづいてサービスの迅速な対応ができること,平成6年まで遡って顧客情報が蓄積されていることからお客様の変化に対応したサービスの提供ができることが説明された。また,業績を高めるためには個々の社員の能力とモチベーションを向上させるような管理と評価が重要であるが,FTISを活用することで,作業プロセスの検証を通じた弱点の分析がしっかりでき,それを踏まえたうえで行動目標を明確にして状況の改善に向かうという目で見る管理ができるようになることが強調された。 最後に,営業,財務会計,品質管理,損失の減少,効率化,人事管理などがすべてにわたって,ヒト,モノ,カネと連携を保っているところにFTISのすばらしさ,効用があると主張された。

川島和浩 (苫小牧駒澤大学)

2012年度 第1回 リサーチセミナー開催記 共催:日本原価計算研究学会

■■ 2012年度第1回リサーチセミナーは,2012年6月23日(土)に産業能率大学自由が丘キャンパス2号館2階2201教室において開催されました。 リサーチセミナーは,若手研究者による発表の場として,2002年度から毎年度続けて開催されてきました。今年度は,日本原価計算研究学会との3回目の共催による開催となります。当日の出席者は30名であり,日本管理会計学会の長屋信義理事から開会の挨拶が,日本原価計算研究学会の小菅正伸副会長から閉会の挨拶がありました。当日は,意欲的な研究発表に続いて,建設的なコメントをいただき,参加者との間でたいへん活発な議論が展開されました。

■■ 当日のプログラムは,以下の通り進められました。(司会: 浜田和樹氏(関西学院大学))

● 第1報告 14:10~15:20
▼ 関谷浩行氏(城西国際大学)
「戦略のカスケードと方針展開 ―医療機関の事例を中心に」
▼ コメンテーター: 荒井耕氏(一橋大学)
● ティータイム(15:20?15:40)

● 第2報告 15:40~16:50
▼ 妹尾剛好氏(和歌山大学)
「戦略マップがマネジャーの心理に与える影響の考察 ―文献レビューを中心に―」
▼ コメンテーター: 新江孝氏(日本大学)

2012research1_1.jpg■■ 関谷浩行氏による第1報告では,以下の順序に従って進められ,戦略のカスケードと方針展開に関する事例研究が報告された。

1. 研究の概要(研究の背景,研究目的)
2. 戦略のカスケード
3. 方針管理とバランスト・スコアカード
4. 海老名総合病院の事例研究
5. まとめ

関谷氏は,戦略のカスケードと方針展開について,アクション・リサーチの事例による考察を報告した。報告では,海老名総合病院におけるバランスト・スコアカード (BSC) の取り組み,その推進体制をはじめ,他病院におけるBSCとの違いについて,?目的(コミュニケーション・ツールから戦略実行へ),?戦略のレビュー(戦略マップの修正とダブルループ学習),?医師を含めた取り組み(アクション・プランを委員会と連動),を挙げた。また,戦略目標の業績指標へのカスケードに際し,戦略目標の達成を狙った特性要因図を用いて議論したことで,業績評価指標を絞り込むことができたこと,さらに,アクションにおける新たな知識共有が生まれたことが扱われた。
まとめとして,方針管理では戦略の修正ができないこと,BSCでは戦略の可視化と修正が可能であること,上位組織と下位組織の指標が密接に関連していることの重要性が明らかになったとした。さらに,戦略目標のカスケードには,方針管理や特性要因図などの活用が効果的であるとした。

2012research1_2.jpg▼ コメンテーター(荒井耕氏)のコメント
関谷氏の報告に対し,荒井氏は,各種の先行研究レビューの内容と,本研究における事例との関連を明確化することの必要性と,その事例に重点をおくべきとの点を指摘した。さらに,同事例におけるBSC導入の背景とその結果について,明らかにすることの必要性を指摘した。また,同事例と他病院におけるBSC利用の比較について,他病院のBSCの利用目的に関する記述に疑問を覚えるとの指摘がなされた。また,その他の今後の研究に示唆を与えるコメントが提示された。

2012research1_3.jpg■■ 妹尾剛好氏による第2報告では,以下の順序に従って進められ,戦略マップがマネジャーという個人の心理に及ぼす影響に関する文献レビューを中心とした研究について報告された。

1. 本報告の動機と目的
2. 戦略マップ研究の必要性
3. 分析の視点
4. どのような「因果関係」を示すのがよいか?
5. 戦略マップを誰がどう利用するか?
6. どのような心理的影響が生じるのか?
7. 今後の研究の方向性

妹尾氏はまず,本報告において扱う研究全体の目的が,戦略目標・業績指標値間の因果関係に着目したものであることを説明した。そして,本報告では戦略マップに焦点をあて,マネジャー個人の心理に与える影響を分析した文献レビューの結果と,そこから見出される今後の研究の方向性を提示した。というのも,戦略マップはマネジメント・システムのツールとしてさまざまな組織階層のマネジャーが利用するとともに,PDSサイクルにおける各場面で利用されている。そこで,利用される場面・主体が異なれば,心理的影響も異なるというわけである。
とくに戦略マップの利用主体については,戦略マップにおける因果関係の構築プロセスへの参画,戦略マップを用いた対話,因果関係の検証プロセスへの関与といった点の影響があるのではないかとの主張がなされた。また,今後の研究の方向性として,現場マネジャーに戦略マップを示すことが正の心理的影響を及ぼすのか,逆機能はないか,そもそも示す必要性があるのか,といった問題意識を提示した。

2012research1_4.jpg▼ コメンテーター(新江孝氏)のコメント
妹尾氏の報告に対し,新江氏は,いくつかの関連する点を指摘した。たとえば,BSCや戦略マップの利用について,利用有無(とくに無)の回答主体が類似する別のものを利用している場合,本研究の結果に及ぼす影響が大きくなるのではないかという点,戦略マップ自体に効果があるのか,それとも戦略マップの作成者のスキルに依存するのではないか,戦略マップの利用方法による影響もあるのではないか,といった点,さらに,戦略マップの利用実践を明らかにしたうえで効果の検討を行う必要があるのではないかという点などについて指摘した。最後に,報告者の今後の研究に向けた期待とともに,示唆を与えるコメントが示された。

長屋信義(産業能率大学)・吉岡勉(産業能率大学)