2012年度 第2回関西・中部部会開催記

2012kansai2_1.JPG■■2013年3月23日(土)12:50から,兵庫県立大学 学園都市キャンパスC104教室 において,2012年度 第2回 関西・中部部会が開催された。部会の前半においては,山本達司氏の司会により3つの自由論題の報告が,後半の統一論題においては浅田孝幸教授の司会により3つの報告が行われた。以下はその概要である。

■■第1報告 梅谷幸平氏(大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程)

「日本の紡績業界およびアパレル業界における倒産予測の実証研究」

2012kansai2_2.jpg 本報告の目的は、企業の経営管理目的から倒産予測モデル研究を行い,日本の紡績業界およびアパレル業界における安全性の管理指標を明らかにすることである。管理指標として,個別企業の倒産確率が推定可能な確率統計技法を用いるとともに、使用する説明変数には企業の自助努力で改善ができること、リスクを低減するための多様な対策が可能であることといった特徴を持つ「安全性指標」に焦点をあてた分析のプロセスと分析結果が報告された。また,個別企業の倒産予測という微視的な視点により近づけるために,紡績業界およびアパレル業界という細分化した業界を各々調査対象とし,企業の類似性を維持したクラスター視的な統計的知見が示された。

■■第2報告 佐藤清和氏(金沢大学)

「マルチンゲール測度に基づく確率的CVP分析の拡張」

2012kansai2_3.jpg 従来の不確実性下におけるCVP分析の研究では,特定時点における操業度等を確率変数とする確率的CVP分析が検討されてきた。これに対して,本報告ではCVPの時系列を対象とした動学的視点からの確率的CVPモデルが提示された。
具体的には,営業収益の時系列がマルチンゲールになると仮定することで,営業収益のボラティリティに基づくリスク中立確率を導出し,これによって利益請求権(オプション)としての株式価値のバリュエーションが試みられた。

■■第3報告 河合隆治氏(同志社大学) 乙政佐吉氏(小樽商科大学) 坂口順也氏(関西大学)

「わが国におけるバランスト・スコアカードの動向:欧米での蓄積状況を踏まえて」

2012kansai2_4.jpg 現在,バランスト・スコアカード(Balanced Scorecard;以下BSC)研究は、欧米のみならず,わが国においても管理会計領域の主要テーマの一つとして位置づけられている。しかしながら、BSCは,さまざまな研究者によって,多様な観点から研究されてきたため,BSC研究の蓄積状況について全体像を把握することは容易ではないのが現状である。
本報告では,論文数,研究方法,理論ベース,研究サイト,研究内容が経時的にどのように変遷しているのかに関する文献分析をもとに,欧米でのBSC研究の蓄積状況との比較による考察を通じて,わが国のBSC研究の特徴が明らかにされた。

■■統一論題においては、「管理会計とリスク」というテーマで、淺田孝幸教授の座長のもと、若手研究者2名によるこれまでの文献研究および企業調査を基礎にした提案、および公認会計士1名による実務経験を踏まえた興味深い知見をうかがうことができた。

■■第1報告 大浦啓輔氏(滋賀大学)

「危機管理における管理会計の意義:組織間関係の視点から」

2012kansai2_6.jpg 本報告では,危機的状況において,管理会計がどのような意義と役割をもつのかについて考察された。第1に,リスクマネジメントと危機管理を定義し,危機管理はリスクの顕在化を防止することよりも,危機発生後の損失の最小化と復旧のための対応に重点があることが述べられた。そして,欧米と日本の危機管理に関する管理会計領域の先行研究のレビューを踏まえて,危機管理に関する研究は,重要なのにもかかわらず,管理会計ならびに経営情報とコントロールシステムに関連する領域で,まだほとんど行われていないことが報告された。第2に,東日本大震災時のJR貨物の対応事例から得られた知見が紹介された。すなわち,震災前と被災・復旧時とでは以下のような変化があった。(1)組織構造が集権的かつ機能分化した専門組織だったのが,現業部門の指揮命令系統は確保しながらも,有機的・自律的な職能横断的,自律的なチーム活動,インフォーマルなコミュニケーションが盛んに行われた。(2)たとえば,予算管理は危機的状況において,どのように柔軟に対応できるかということが課題なのであるが,平時の経営計画に基づいた地域別の損益予算から,通常のPDCAに基づいた予算管理とは異なる形での管理会計情報の生成と運用が観察された。第3に,Hopwood(2009),Van derStede(2011)による金融危機からの知見と本事例を比較して,危機に直面した組織において,組織内,組織間の会計情報の利用形態に変化がみられた点では一致していたこと。その背景には組織構造の変化があった。第4に,本研究の限界として危機管理は地域固有のコンテクストに依存する可能性が高い点で学術的研究としては困難を伴うこと,そして,従来からの管理会計の既存研究の流れの延長上で研究を展開する可能性を検討していきたいという見解が表明された。

■■第2報告 山下直紀氏(山下公認会計士事務所)

「投資意思決定におけるリスク」

2012kansai2_7.jpg 本報告では,事業投資意思決定におけるリスクの考慮方法について,理論と実務との間にかい離があるという報告がなされた。すなわち,ファイナンス理論に基づいた計算結果だけで意思決定が行われるのではないという事実が紹介された。日本の某大手総合商社では(1)定量基準と(2)定性基準があるが,投融資委員会においては,(1)を見極めながらも(2)が重視されているのではないかという実務家ならではの体験に基づく見解が表明された。また,中小を含む多くの一般事業会社でも,キャッシュフローで判断することの意義を理解しつつも,純資産法での意思決定がなされる事例が多いのではないかという見解が示された。実務で利用される技法には「分かりやすさ」という点が重要であること,ファイナンス理論に基づく合理的な意思決定だけでは説明のつかない事象があるとのことである。これらについては,さらなる研究に期待したいとの意見が述べられた。

■■第3報告 安酸建二氏(近畿大学)

「業績測定指標とリスク」

2012kansai2_8.jpg 本報告では,意思決定会計と業績管理会計という2つの観点から管理会計とリスクの問題が扱われた。意思決定会計における投資決定では,理論上,資本コストとしての割引率にリスクが反映されることになる。このリスクは,予測される将来キャッシュフロー(以下,CF)の期待値のまわりのバラツキである。したがって,将来CFの期待値に対する実現値がバラツクことは,意思決定時点のリスクを反映する資本コストとしての割引率に織り込み済みである。
将来CFの流列は資本コスト控除後の利益の流列へと変換可能であり,業績管理会計上の収益と費用を用いた予算へ取り込むことができる。この時,意思決定会計上,バラツキを伴う期待値であったものが,業績管理会計上のPDCAサイクルでは目標値として扱われバラツキが許容されない。経営とはこのバラツキに対処し,目標値を組織的に実現する営みとして業績管理会計では理解されている。このような考え方は,例えば,標準原価計算における価格差異の追跡と責任部門へのフィードバックに典型的に見られる。
意思決定の場面ではバラツキを伴う「予測」であったものが,業績管理の場面ではバラツキを許容しない「目標」となる。この結果として管理会計でリスクを扱うことが困難になっていると,報告者は考えている。
さらに,意思決定会計のロジックと業績管理会計のロジックは,必ずしも整合性のある形で共存していない。例えば、投資プロジェクトを念頭に置けば,計画値と実績値の対比が可能になった時点では,理論上,過去の意思決定は,現時点の意思決定とは無関連である(価値無関連である)。したがって,意思決定会計のロジックでは,事前の計画値と実績値の対比に意味を見出すことは困難である。しかし,現実の経営実務ではしばしば過去の計画値と実績値の対比が行われている。 本報告では、以上のような問題が提起された。

頼 誠(兵庫県立大学)