2014年度年次全国大会開催記

統一論題「環境、社会およびガバナンスに対して管理会計はどう向き合うか?」

■■日本管理会計学会2014年度全国大会は、平成26年9月11日(木)から13日(土)の3日間、青山学院大学青山キャンパスにおいて開催された(実行委員長:小倉昇氏)。11日には、学会賞審査委員会、常務理事会、理事会、理事懇親会が開催された。12日は、午前9時30分から6会場に分かれ、計22の自由論題報告が行われた。午後には、会員総会、特別講演に続き、統一論題報告が行われた。統一論題報告終了後、午後6時すぎより、アイビーホールにて会員懇親会が開催された。翌13日は、午前9時30分から5会場に分かれ、計19の自由論題報告が行われ、これと並行して、スタディ・グループと産学共同研究グループによる中間報告が行われた。午後には、統一論題の討論が行われた。

■■プログラム 2014年度 年次全国大会プログラム(PDF形式)

■■学会賞
■特別賞 上埜進氏
■文献賞 諸藤裕美氏『自律的組織の管理会計:原価企画の進化』
■論文賞 鈴木研一氏・松岡孝介氏「従業員満足度、顧客満足度、財務業績の関係-ホスピタリティ産業における検証-」『管理会計学』2014年、第22巻第1号。

■■特別講演
11日午後2時30分より、玉川基行(株式会社玉川堂(ぎょくせんどう)代表取締役社長)氏による特別講演が行われた。演題は「伝統とは革新の連続-変わらないために変わり続ける-」である。
玉川氏は、まず、玉川堂が手掛ける鎚起銅器(ついきどうき)について説明された。鎚紀銅器とは、銅を金槌で打ちおこしながら作り上げていく器であり、1816年の創業以来、約200年にわたって伝統技術を受け継ぎ、優れた製品を生産している。玉川堂の鎚起銅器は、国内外で高い評価を受けており、文化庁より「無形文化財」に、経済産業大臣より「伝統工芸品」に指定されている。
次に、玉川氏が入社してから取り組んでこられた経営改革について説明された。玉川氏が1995年に入社したとき、玉川堂は、バブル経済崩壊により、売り上げが最盛期の3分の1にまで減少していた。そこで、従業員を半分解雇するとともに、経営改革に着手した。贈答品や記念品に依存した商品構成を見直し、付加価値の高い製品の生産に注力するとともに,流通改革に着手した。
玉川氏は、最後に、「伝承」と「伝統」の違いについて述べ、講演を締めくくった。「伝承」とは先代の技を受け継ぐことであるのに対し、「伝統」とは、先代の技を受け継ぎ、最新のマネジメントによって革新を連続させていくことである。そして、変えるべきもの(経営)と変えるべきでないもの(技術,精神)を明確にすることが重要であるとのことであった。
玉川氏による経営改革は、まさに「伝統とは革新の連続」を体現したものであると、講演を拝聴して実感した。

■■統一論題報告
特別講演終了後、大下丈平氏(九州大学)を座長として統一論題報告が行われた。テーマは、「環境、社会およびガバナンスに対して管理会計はどう向き合うか?」である。報告は、地域産業の競争力向上に向けた管理会計の取り組み、資本市場との関わりを重視した管理会計のアプローチ、企業の社会性・人間性を重視したガバナンスの下での統合報告と管理会計の役割についてのものであった。なお、報告の概要は報告者から頂いたものである。

■統一論題報告(1):宮地晃輔氏(長崎県立大学)
「地域造船企業における戦略的原価管理による採算性改善・競争優位に関する研究―国内A社造船所の実践と日本・韓国造船業の動向の視点から―」

本報告では、国内造船の準大手であるA社造船所(以下、A社と称す)が取り組んできた戦略的原価管理としての原価企画および日本・韓国造船業の動向の視点から地域造船企業の採算性改善・競争優位に関する論究が展開された。
新造船事業はたとえば造船企業としてのA社1社で成り立つものではなく,具体的には鉄鋼メーカー(原材料の供給者)-造船企業(A社など)-地元協力先企業(鋼材の切断、溶接、塗装などを担う地元の製造業)のサプライチェーンで成り立っている。このことから地域造船企業の新造船事業の競争力を高めるためには、当該サプライチェーン全体の観点から中国・韓国に対する競争力向上の視野を持たなければならないことが指摘された。
本報告における研究目的を達成するための研究方法として当該サプライチェーンの参加者に対するインタビュー調査が用いられ、当該調査の結果およびそれに対する分析を基礎にして論究が行われた。具体的には、鉄鋼メーカーに対する調査は、国内大手鉄鋼メーカーの海外営業担当者に行われている。造船企業に対しては、A社および有力造船企業B社に対して調査が行われている。地元協力先企業に対しては、A社の地元協力先企業の経営者に対する調査が行われている。一方、日本の造船業の競争国である韓国造船業の動向に関しては、韓国造船関連企業2社に対して調査が行われている。

■統一論題報告(2):今井範行氏(名城大学)
「「デュアル・モード管理会計」と資本市場―利益管理の「短期化」に関する一考察―」

本報告では、近年の企業経営における「中長期」と「短期」の視点の対立関係をマネジメント・コントロールのパラドックスの一側面として捉え、「中長期」と「短期」の視点のパラドックスをバランス化させる方策について考察した。TPS(トヨタ生産システム)に代表される製造業の経営システムが、「中長期」視点の重視によりその優位性を実現する一方、前世紀末の株主価値経営の登場と興隆を契機に、企業経営における利益管理の「短期化」が進行している。株主価値経営が利益管理の「短期化」に繋がる背景の一つとして、資本市場における株式価値評価の理論と実務がある。すなわち、割安株(低PER株)やサプライズ効果(好決算)が期待される株式を探求する機関投資家の日常的な投資行動が、当該投資家と企業との相互作用としてのインベスター・リレーションズ(IR)活動を媒介として、企業経営における利益管理の「短期化」に繋がる。このような「中長期」と「短期」の視点の対立関係(逆機能)を経営システムにおいていかに統合関係(順機能)に導くかは、現代の企業経営とりわけ製造業のマネジメントにとっての重要課題の一つであり、そのためのアプローチとして、?新たな株式価値評価指標としての「潜在株価収益率(Potential PER)」の導入、?「デュアル・モード管理会計」の2点が展望される。

■統一論題報告(3):内山哲彦(千葉大学)
「企業の社会性・人間性と企業価値―統合報告と管理会計の役割―」

本報告では、持続可能な企業価値創造に向けた、多様なステークホルダーを前提としたコーポレート・ガバナンスにおける統合報告ならびに管理会計の役割と課題について検討した。近年、企業活動におけるESG要素や、経済価値だけでない企業価値(社会性・人間性)が強調される。コーポレート・ガバナンスは、株主によるガバナンスを通じて経済価値(株主価値)を追求する「古典的モデル」と、多様なステークホルダーによるガバナンスを通じて多元的な価値を追求する「多元主義モデル」を対極とする。統合報告は、投資家を中心としたガバナンスにより、持続可能な企業価値創造のために広く社会価値(他者にとっての価値)も考慮した企業価値を追求する「洗練された株主価値モデル」に向けた運動と位置づけられる。したがって、現行のコーポレート・ガバナンスの類型が異なることで、統合報告の役割や課題の内容・大きさが異なる可能性が指摘できる。他方で、統合報告には、経済価値につながらない社会価値などが考慮から除外される可能性などに課題が見出される。また、統合報告の実施にかかわりの深い管理会計として、BSCやバリューチェーン、インタンジブルズ、環境会計(MFCA)などがあげられ、管理会計にも、外部報告と内部報告の整合化・一体化や、統合思考の醸成といった課題が指摘できる。

■なお、次回の日本管理会計学会年次全国大会は、近畿大学にて開催される予定である。

青山学院大学 山口直也